絡まる残り香―滴る甘い蜜―

【第一話】:鏡の中の「良い母親」4

(一日のうちで、一番心が暗くなる瞬間……)

ひとみの心の感情が、ドアを重くしていた。

背を向け、夫が寝ているべッドへ潜り込む。

ひとみは少し迷った。

妻で有るべきか、そうじゃ無いのか。

しかし、べッドを共にしている事は夫婦だと、ひとみは決断した。

(私はまだ、誠司(このひと)の妻。真似事だけでも夫婦で居なくちゃ……)

きっとまた、拒絶されることを予想しながら、ひとみはそっと目を閉じた。

恐らくはまだ寝てはいないだろうと、ひとみは腰に手を伸ばし、指で弄る。

夫の誠司は無言で、ひとみの手を払う。

(義務、義務、これは義務なのよ)

ひとみは自分に言い聞かせる。

なおも、誠司のパジャマの裾から背中に手を潜らせ、ピタリと掌をつけ、顔を擦りつける。

「……ねえ。最近、ご無沙汰じゃない?」

鼻からの、甘えた声で誘う。

ひとみは誠司が、自分を、女を抱けば少しは気も晴れると、目論んでいた。

キッカケひとつで、また元の夫婦に戻れるし、無言の関係も終わりに出来ると考えている。

だか、誠司の考えは違った。

「……今日は、抱かれる相手が居なかったのか?それで、俺か……」

「……えっ」

ひとみは固まった。

(……どうしたら、そんな酷い事が言えるの?……私は誠司(おなた)の妻よ。どうして……)

「……俺が知らないとでも思ってるのか?」
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