絡まる残り香―滴る甘い蜜―
【第一話】: 快速電車の鉄鎖 3
錦糸町駅。
快速の重いドアが開くと同時に、ひとみは弾かれたようにホームへ降り立った。
背後に感じる、あの男の視線。
振り返る勇気はない。
けれど、ストッキング越しに太ももに残る男の手の感触が、まるで焼き印のように熱を持って主張している。
ひとみは乱れた呼吸を整える間もなく、各駅停車への階段を駆け上がった。
快速の喧騒から切り離された緩行線のホームは、どこか気の抜けた静けさが漂っている。
やってきた黄色いラインの電車に乗り込み、ドア横のガラスに自分の姿を映した。
(……なんて顔してるの、私)
鏡の中の自分は、幕張の家を出た時の「良き妻」ではない。
頬は上気し、瞳は潤み、唇は微かに戦慄いている。
その姿は、今しがた見知らぬ男に蹂知されたばかりの「雌」そのものだった。
御茶ノ水駅に到着し、神田川を跨ぐ橋を渡る。
いつもの清潔な病院の白い建物が見えてくると、ひとみはバッグから取り出した制汗シートで、執拗に首筋や指先を拭った。
あの男の、安っぽい煙草と脂の匂いを消し去るために。
けれど、白衣に着替え、受付のデスクに座っても、身体の奥に溜まった熱は一向に引かなかった。
患者に応対する自分の声が、どこか遠くで響いているような錯覚。
「ひとみさん、顔色が赤いですよ? 少し熱でもあるのでは?」
不意に背後から声をかけられ、ひとみは肩を跳ねさせた。
振り返ると、そこには眼鏡の奥の瞳を湿らせた内科医・佐藤が、心配そうに――そして獲物を値踏みするような執着心を隠しもせずに立っていた。
快速の重いドアが開くと同時に、ひとみは弾かれたようにホームへ降り立った。
背後に感じる、あの男の視線。
振り返る勇気はない。
けれど、ストッキング越しに太ももに残る男の手の感触が、まるで焼き印のように熱を持って主張している。
ひとみは乱れた呼吸を整える間もなく、各駅停車への階段を駆け上がった。
快速の喧騒から切り離された緩行線のホームは、どこか気の抜けた静けさが漂っている。
やってきた黄色いラインの電車に乗り込み、ドア横のガラスに自分の姿を映した。
(……なんて顔してるの、私)
鏡の中の自分は、幕張の家を出た時の「良き妻」ではない。
頬は上気し、瞳は潤み、唇は微かに戦慄いている。
その姿は、今しがた見知らぬ男に蹂知されたばかりの「雌」そのものだった。
御茶ノ水駅に到着し、神田川を跨ぐ橋を渡る。
いつもの清潔な病院の白い建物が見えてくると、ひとみはバッグから取り出した制汗シートで、執拗に首筋や指先を拭った。
あの男の、安っぽい煙草と脂の匂いを消し去るために。
けれど、白衣に着替え、受付のデスクに座っても、身体の奥に溜まった熱は一向に引かなかった。
患者に応対する自分の声が、どこか遠くで響いているような錯覚。
「ひとみさん、顔色が赤いですよ? 少し熱でもあるのでは?」
不意に背後から声をかけられ、ひとみは肩を跳ねさせた。
振り返ると、そこには眼鏡の奥の瞳を湿らせた内科医・佐藤が、心配そうに――そして獲物を値踏みするような執着心を隠しもせずに立っていた。