絡まる残り香―滴る甘い蜜―

【第二話】:崩壊の足音と、京都からの誘い 1

朝の空気は、刺すように冷たかった。

小学校へ向かう理央の背中を「いってらっしゃい」と見送った瞬間、玄関のドアが閉まる音を合図に、誠司の低く湿った声がリビングに響く。

「……夕べのあれはなんだ。俺に不満でもあんなら、有るって言えよ」

ひとみはシンクに向かい、食べ残されたトーストの欠片を指でなぞる。

ひとみは冷たい水で手を洗った。

蛇口からほとばしる水が、自身の内側に潜む「汚れ」を浄化してくれることを祈りながら。

「……で、いつまでそうやって、ボーッとしてるんだよ。だらしない」

背後から突き刺さる誠司の声には、隠そうともしない嫌悪が混じっていた。

(……だらしない。私が……私がだらしないですって。私が……)

ひとみは俯き、唇を噛んでいた。

悔しかった。

「……昨夜の誠司(あなた)も、何なの? あの酷い仕打ち、……あんな事するようじゃ、もう夫婦じゃない。私の気持ちも、分からないで……何よ!」

声は震えていた。

(……もう耐えられない。こんな生活)

一方的に組み敷かれ、義務をこなすように、そしてレイプされたように終わった行為。

女としての誇りを踏みにじられた感触が、まだ肌に、脳裏に残っている。

誠司は朝食の残りを飲み込むと、鏡の前で無機質にネクタイを整えた。

「義務は果たしただろ。文句があるなら、外の男にでも優しくしてもらえよ。お前、最近妙に浮ついてるしな」

「誰のこと? 言ってみてよ」

ひとみはシンクの冷水に手を浸し、指先の震えを必死に隠しながら答える。

「さあ……な」

「どうしてそうやって、私を汚いものみたいに言うの?」

振り向いたひとみの視界に、誠司の首元に浮き出た青い血管と、怒りで充血した瞳が映る。
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