絡まる残り香―滴る甘い蜜―

【第二話】:崩壊の足音と、京都からの誘い 2

「最近のお前の行動は、もう俺の妻じゃない。家の事等どうでもいいんだろ?違うか。不満があるなら、……いっそ終わらせるか。だらしない女は要らない」

「離婚……? 本気で言っているの?」

心臓を素手で掴まれたような衝撃が走る。

ひとみ自身、内心ではこの先の事に希望が持てなくなっていたが、夫の、誠司の口から具体的に言葉が出ると、視界が急速に滲み、熱いものが頬を伝う。

「ただし、理央は置いていけ。俺が育てる。お前のような女に、母親の資格はない、いいな」

ひとみは、崩れ落ちそうになる膝を、湿った手のひらで強く押さえつける。

(今まで、自分を殺してまで、家の事、理央の事を先に考えて来たのに……酷い、酷すぎる)

言い終えると、誠司は腕時計を見て、残りのコ一ヒ一を流し込み、鞄を掴んで玄関を後にした。

ひとみの目から、堪えていた雫がポタポタとフローリングに落ちた。

それは悲しみというより、あまりの絶望と、それでもなお自分の内側に疼く「女」の部分を否定できない、自己嫌悪の混じった、濁った涙だった。

通勤電車の中でも、ひとみの心には鋭い棘が刺さっていたが、荒川の鉄橋を渡る音に、ひとみの脳裏から、一時的に思考が離散して行く。

川の水面に朝日が反射し、キラキラ光を映していたが、ひとみには見えていなかった。

病院の事務室に着き、自分のデスクに座っても思考の走馬灯は廻り続けた。

電子カルテの画面を見つめていても、文字が滑って頭に入ってこない。ただ、誠司の「だらしない女」という罵倒が、耳の奥でリフレインしていた。

「ひとみさん、大丈夫? 目、赤いよ」

隣の席の同僚が、ストロベリー味のキャンディの甘い香りを漂わせ、私の肩に手を置いた。
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