絡まる残り香―滴る甘い蜜―

【第二話】:崩壊の足音と、京都からの誘い 3

「……ううん、ちょっと寝不足なだけ。ありがとね」

無理に作った笑顔が、自分でもひきつっているのがわかった。

忙しい午前の診療も終わり、昼休み。

院内の食堂で、同僚と束ノ間のひと時に、日替わり定食を食べている。

ブ一、ブ一……。

ひとみの携帯が、LINEの着信を知らせる。

『ひとみさん、ご無沙汰しております。秘書のまどかです。本日は、京都へお招きしたき、ご連絡致しました。この秋の連休にぜひと、お父様がおっしゃっておりますので、ご家族揃って、旅行気分でおいで下さいませ。尚、新幹線と乗車券をこちらでご用意致しますので、ご用意でき次第、後日LINEにてお送り致します』

「家族で」という言葉の建前と、その裏に隠された、あの老人の歪んだ期待が、頭を過ぎる。

(……伊豆で私は、あの老人に乞われ買われた。決して悪い意味では無い、買われ方だったわ。あの日……私は老人(あのひと)と愛人契約を交わしたようなものね……)

それは親切などではなく、蜘蛛の糸が自分の体に絡みつくような、逃れられない支配の実行を予感するのだった。

午後の業務の開始前。

『今夜、夫に相談してから、お返事差し上げます。…ひとみ』

さらっと、携帯からLINEの返事を送信した。

時計の針が、午後3時を指す頃。

外来患者の待合いホ一ルは、人の姿も疎らで、静けさを取り戻していた。

待合いホ一ルには、大型テレビが壁の上部に設置されており、その傍らに、事務長と精神科の医師が、缶コ一ヒ一片手にテレビを観ている

午後のワイドショーでは、特集として『現代の闇!強迫的性行動症の恐怖』の話題を取り上げていた。

「『性依存症』……ですか。最近よく聞きますな。特に女性は男性に比べると、多く見られる」

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