絡まる残り香―滴る甘い蜜―

【第二話】:崩壊の足音と、京都からの誘い 5

「むしろ女性の方が、自覚がないまま深い沼に沈んでいるケースが多い。彼女たちは完璧に演じるからね。『良き妻』『有能なキャリアウーマン』……表の顔が完璧であればあるほど、裏側の解離は深刻になる。行為の直後に襲いかかるのは、甘い余韻じゃなくて、自分を切り刻みたくなるような猛烈な羞恥心と自己嫌悪。でも、その地獄から逃げるために、また次の刺激を求めてしまう。地獄を地獄で上書きするサイクルだよ」

医師は事務長に向かって話しているが、それは、少し離れた受付に座るひとみに、語りかけているようでもあった。

医師の言葉は続く。

診断基準をなぞるように付け加えた。

「具体的には四つの特徴があります。
1. 強烈な渇望の抑制に失敗し続けること。

2 .性行動が生活の中心になり、仕事や家庭などの責任が疎かになること。

3. 減らそうとする努力がことごとく失敗すること。

4 .そして、望ましくない結果が生じ、もはや満足すら得られていないのにやめられないこと」

精神科の医師は空になった缶を握りしめた。

「依存症は『学習された行動』という側面があります。社会の歪みの中で、歪んだ適応の形として身についてしまう。実は、これは痴漢行為にも通じる話なんです」

「痴漢も、依存なのですか?」

「ええ。痴漢の動機が純粋な性欲であるケースは、意外にも少ない。私が診てきた患者の半数以上は、行為中に勃起すらしていませんし、射精もしません。性欲の発散が目的なら、勃起や射精は不可欠なはずですが、そうではない。彼らが求めているのは、ストレス解消や、対象を支配しているという歪んだ達成感、あるいは『いじめ』にも似た優越感による快感なのです」

テレビの光が医師の眼鏡に反射する。
< 127 / 136 >

この作品をシェア

pagetop