絡まる残り香―滴る甘い蜜―
【第二話】:崩壊の足音と、京都からの誘い 7
「ええ、ちょっとね……。久しぶりに、自分を取り戻してきたっていうか。主婦だけやってると、腐っちゃいそうでしょ?」
彼女が意味深に微笑んだ瞬間、ひとみの嗅覚が鋭敏に反応した。
香水の匂いの奥から漂ってくる、清涼な、けれど生々しい『石鹸』の匂い。
そして、彼女の襟元、少し乱れたシャツの隙間から覗く、不自然に火照った肌と、小さな赤い痕。
(……間違いない)
ひとみは直感した。
この女は今、男と会ってきたのだ。
さっきまで、誰かの腕の中で、汗を流し、むさぼり合っていたのだ。
その熱を消すためにシャワーを浴び、急いで香水を振りまいて、今こうして「母親」に戻る途中の買い物。
旦那さんは単身赴任中のはず。
「じゃあね、お先に。夕飯、作らなきゃね」
立ち去る彼女の背中を見送りながら、ひとみは動悸が止まらなくなった。
不倫。浮気。不潔。
精神科の医師が言っていた「二重生活」の具現化が、今、目の前を通り過ぎていった。
本来なら、軽蔑し、眉をひそめるべき光景。
しかし、ひとみの心に湧き上がったのは、猛烈な「共感」だった。
(あの人も、このスーパーの日常の下に、ドロドロに溶けた秘密を隠してる。私と同じ……)
鏡合わせの自分を見ているようだった。
あの女も、この夕飯の買い出しの袋を持って、何食わぬ顔で家に帰る。
理央と同じくらいの子供に「ただいま」と言い、そして夜、一人で情事の余韻を反芻するのだ。
帰宅後、夕食のテーブル。
理央の楽しげな学校の話を、誠司は箸を動かす音だけで遮り、無言で聞き流している。
ひとみは、箸の先で煮物の形を崩しながら、重い口をようやく開く。
「あのね……」
ひとみは意を決して『作り話』始める。
彼女が意味深に微笑んだ瞬間、ひとみの嗅覚が鋭敏に反応した。
香水の匂いの奥から漂ってくる、清涼な、けれど生々しい『石鹸』の匂い。
そして、彼女の襟元、少し乱れたシャツの隙間から覗く、不自然に火照った肌と、小さな赤い痕。
(……間違いない)
ひとみは直感した。
この女は今、男と会ってきたのだ。
さっきまで、誰かの腕の中で、汗を流し、むさぼり合っていたのだ。
その熱を消すためにシャワーを浴び、急いで香水を振りまいて、今こうして「母親」に戻る途中の買い物。
旦那さんは単身赴任中のはず。
「じゃあね、お先に。夕飯、作らなきゃね」
立ち去る彼女の背中を見送りながら、ひとみは動悸が止まらなくなった。
不倫。浮気。不潔。
精神科の医師が言っていた「二重生活」の具現化が、今、目の前を通り過ぎていった。
本来なら、軽蔑し、眉をひそめるべき光景。
しかし、ひとみの心に湧き上がったのは、猛烈な「共感」だった。
(あの人も、このスーパーの日常の下に、ドロドロに溶けた秘密を隠してる。私と同じ……)
鏡合わせの自分を見ているようだった。
あの女も、この夕飯の買い出しの袋を持って、何食わぬ顔で家に帰る。
理央と同じくらいの子供に「ただいま」と言い、そして夜、一人で情事の余韻を反芻するのだ。
帰宅後、夕食のテーブル。
理央の楽しげな学校の話を、誠司は箸を動かす音だけで遮り、無言で聞き流している。
ひとみは、箸の先で煮物の形を崩しながら、重い口をようやく開く。
「あのね……」
ひとみは意を決して『作り話』始める。