絡まる残り香―滴る甘い蜜―

【第二話】:崩壊の足音と、京都からの誘い 8

「長期間、入院していた患者さんのご家族から、京都のご自宅へお招きされたの、今度の連休に遊びに来ないかって。チケットも用意してくれるそうなんだけど」

「何でお前が招待されなきゃならない?……お前の仕事は事務だろ。何でお前なんだ」

誠司は半ば懐疑的な眼でひとみを見る。

「毎月の入院費の会計時に、色々と便宜を図ってあげたりと、……いつの間にか、親しくなっちゃったの。前に口約束で誘われた時に、ぜひその時はって、言った経緯(いきさつ)も有るし……」

ひとみは懸命に『作り話』を繋げる。

誠司は箸を止め、ひとみを氷のような視線で射抜いた。

「俺は行かない。相手の費用で旅行だなんて、どの面下げて行くんだ。みっともない……」

「でも、せっかく誘ってくれたんだし……理央も喜びそうだし」

「しつこいんだよ! 行きたきゃ勝手に二人で行ってこいよ。俺は知らん」

誠司の突き放すような言葉。

「……なら、理央と2人で行って来ます。」

「やった!……京都へ行けるの?やった……」

理央は心から、京都へ行ける事を喜んだ。

ひとみは夫の刺すような視線を無視し、冷え切ったお茶を一口、喉の奥へと流し込んだ。

それは、本来なら悲しむべき「家族の断絶」であったが、今のひとみにとっては、檻の鍵が開いた音に聞こえた。

そして、心のどこかで、あの老紳士に屈服させられる瞬間を待ち望んでいる自分がいる事を、胸の奥底では隠しきれなかった。

< 130 / 136 >

この作品をシェア

pagetop