絡まる残り香―滴る甘い蜜―

【第ニ話】: 錦糸町の悪夢 1

エレベーターの扉が閉まり、密閉された空間に男の体臭が充満する。

ひとみは鏡張りの壁に映る自分を見た。

ブランドのバッグを握りしめ、白いブラウスに紺のスカ―ト、上にコートを羽織ったその姿は、夜の蝶を想像させる妖艶さがある。

​「……名前、聞いてもいいですか」

掠れた声で問いかけるひとみに、男は一瞥もくれず鼻で笑った。

「そんなもん必要ねえだろ。お前はただ、俺の道具になりに来たんだからな」

​その言葉が、ひとみの胸の奥にある最後の手枷を外した。

部屋に入り、重いドアがロックされる音が響く。

男はコートを脱ぎ捨てると、呆然と立ち尽くすひとみをベッドへ突き飛ばした。

​「ひっ……!」

スプリングの弾む音とともに、自慢の脚が宙に舞う。

男はひとみの両手首を片手で掴み上げ、頭上に固定した。

もう片方の手は、無造作に彼女のブラウスのボタンを弾き飛ばしていく。

​「あの日、電車で俺の指を欲しがってた時の顔……思い出させてやるよ」

​剥き出しにされていく白い肌。

窓の外には、錦糸町の賑やかな夜景が広がっている。

あの中には、自分の帰りを待つ夫と娘、そして無機質な生活がある。

けれど今、この汚れたシーツの上で、ひとみはかつてないほど鮮烈に自分が「女」であることを実感していた。

​「……好きに、して」

​自ら差し出した手首に、男が持参していた黒いナイロン製の紐が食い込む。

自由を奪われる痛みと、それ以上に込み上げる熱い充足感。

幕張の「良き妻」は死に、御茶ノ水の「有能な事務員」は消えた。

​ここにあるのは、名もなき男の所有物へと堕ちていく、一匹の雌の肉体だけだった。
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