絡まる残り香―滴る甘い蜜―

【第ニ話】: 錦糸町の悪夢 5

​男はひとみの手首を解くと、力任せに彼女を引きずり、壁一面に広がる大型の鏡の前へと立たせた。

​「見ろ。これが、幕張で幸せな家庭を築いてるはずの『お母さん』の姿だ」

​鏡に映っているのは、ブラウスを剥ぎ取られ、無惨に引き裂かれたストッキングをぶら下げた、一人の痴態を晒した女だった。

「あ……っ、やめて……見せないで……」

ひとみは顔を覆おうとしたが、男はその細い両手首を掴み、無理やり鏡を正視させた。

​「見たくない? 嘘をつくな。身体はこんなに、自分に見られるのを喜んでるぞ」

​男はひとみを鏡の前に放置し、背後のソファーにどっかりと腰を下ろした。

冷蔵庫から取り出した缶ビールのプルタブを、無機質な音を立てて引き開ける。

「おい、奴隷。そこで自分を弄って見せろ。……俺が納得するまで、一歩も動くんじゃねえぞ」

​「そんな……できない、です……」

「できないだと? 動画、今すぐ送信してやろうか?」

​ビールを煽る男の冷徹な視線。

ひとみは絶望に染まった瞳で、鏡の中の自分を見つめた。

自慢の脚を、自らの手で広げる。

男に命じられるまま、震える指先を、まだ熱を持って脈打つ自身の最奥へと沈めていく。

​「あ……ぁ、っ……」

​鏡の中の「自分」と目が合う。

指が沈み込むたび、ピチャリという卑猥な音が静かな室内に響き渡る。

ソファーで喉を鳴らしてビールを飲む男と、その視線の先で、独り虚しく快楽を貪らされる自分。

その徹底的な「孤独な羞恥」が、ひとみの理性を最後の一片まで削り取っていく。

​「……っ、ん、あぁあ!……っ」

​男の指さえ得られぬまま、ひとみは鏡に向かって、誰にも知られてはいけない絶頂を一人で迎えた。

身体が崩れ落ちる中、ソファーの男は空になった缶をテーブルに置き、勝ち誇ったように笑った。

​「いい見せ物だった。今日はこれで終わりだ。……火曜日、遅れるなよ。次は、もっと酷いことをしてやるからな」

​男は一度もひとみの身体に触れることなく、彼女を放置したまま部屋を出て行った。

残されたのは、冷えた部屋と、鏡に映った自分自身の変わり果てた姿だけ。

本当の「凌辱」は、火曜日までお預け。

ひとみは、その恐怖に震えながらも、心のどこかで火曜日の夜を熱望している自分に、激しい嫌悪を覚えるのだった。
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