絡まる残り香―滴る甘い蜜―
【第一話】: 侵食される日常 2
窓の外、御茶ノ水の夜景が遠くに瞬いている。
時間外診療の喧騒がようやく収まり、病院のロビーは耳が痛くなるほどの静寂に包まれていた。
ひとみは一人、受付カウンターの奥で明日のレセプトの整理に追われていた。
パチパチと響くキーボードの音だけが、広々としたロビーに虚しく反響する。
(……やっと、終わる)
ふと、背筋に冷たいものが走った。
誰の気配もなかったはずの背後に、濃密な「男」の気配が立ち上る。
「熱心だね、ひとみさん。こんな時間まで一人で」
低く、湿った声。
振り返る間もなく、ひとみの背後に影が覆い被さった。佐藤だった。
多忙な診察で充血した瞳が、至近距離でひとみのうなじを、そして事務制服の襟元を舐めるように見つめている。
「佐藤先生……驚かさないでください。まだ仕事が残っていますから」
ひとみは努めて事務的に、いつもの「ツン」とした態度で突き放そうとした。
だが、佐藤は退かない。
それどころか、カウンターに手をつき、ひとみを椅子ごと囲い込むように距離を詰めてきた。
「最近、君を見ていると……どうにも落ち着かないんだ。前よりずっと、女の顔をしている」
佐藤の指先が、ひとみの肩にかかった髪を、わざとらしく、ゆっくりと弄ぶ。
ひとみの脳裏に、あの男に髪を掴まれ、シャワー室で蹂振された記憶が鮮明に蘇った。
身体が微かに震えるのを、佐藤は見逃さなかった。
「……何、怯えているんだ? 悪いようにはしない。ただ、溜まってるんだよ。君も、俺も……だろう?」
佐藤の手が、制服のベストの上から、ひとみの細い肩を強く掴む。
拒絶したい。
だが、ここで騒げば自分の「火曜日」の秘密まで暴かれるかもしれない。
暗いロビー、二人きりの受付カウンター。
佐藤の独占欲が、ついにひとみの日常を物理的に侵食し始めた。
時間外診療の喧騒がようやく収まり、病院のロビーは耳が痛くなるほどの静寂に包まれていた。
ひとみは一人、受付カウンターの奥で明日のレセプトの整理に追われていた。
パチパチと響くキーボードの音だけが、広々としたロビーに虚しく反響する。
(……やっと、終わる)
ふと、背筋に冷たいものが走った。
誰の気配もなかったはずの背後に、濃密な「男」の気配が立ち上る。
「熱心だね、ひとみさん。こんな時間まで一人で」
低く、湿った声。
振り返る間もなく、ひとみの背後に影が覆い被さった。佐藤だった。
多忙な診察で充血した瞳が、至近距離でひとみのうなじを、そして事務制服の襟元を舐めるように見つめている。
「佐藤先生……驚かさないでください。まだ仕事が残っていますから」
ひとみは努めて事務的に、いつもの「ツン」とした態度で突き放そうとした。
だが、佐藤は退かない。
それどころか、カウンターに手をつき、ひとみを椅子ごと囲い込むように距離を詰めてきた。
「最近、君を見ていると……どうにも落ち着かないんだ。前よりずっと、女の顔をしている」
佐藤の指先が、ひとみの肩にかかった髪を、わざとらしく、ゆっくりと弄ぶ。
ひとみの脳裏に、あの男に髪を掴まれ、シャワー室で蹂振された記憶が鮮明に蘇った。
身体が微かに震えるのを、佐藤は見逃さなかった。
「……何、怯えているんだ? 悪いようにはしない。ただ、溜まってるんだよ。君も、俺も……だろう?」
佐藤の手が、制服のベストの上から、ひとみの細い肩を強く掴む。
拒絶したい。
だが、ここで騒げば自分の「火曜日」の秘密まで暴かれるかもしれない。
暗いロビー、二人きりの受付カウンター。
佐藤の独占欲が、ついにひとみの日常を物理的に侵食し始めた。