絡まる残り香―滴る甘い蜜―

【第一話】: 侵食される日常 3

​「……やめて、くださいっ」

​ひとみの抵抗は、佐藤の強い力によって机に押し伏せられた。

事務机に散らばったレセプトがカサリと音を立て、ひとみの頬に無機質な紙の感触が当たる。

背後から覆い被さる佐藤の体温と、仕事の疲れが混じった生々しい男の匂い。

​「嘘をつくな。身体はこんなに熱くなっているじゃないか」

​佐藤の節くれだった指が、事務制服のタイトスカートの裾を無造作に捲り上げた。

ストッキング越しに伝わる佐藤の掌の熱。

ひとみは、あの男に刻まれた「火曜日の記憶」が暴かれるような恐怖に、奥歯をガタガタと震わせた。

​佐藤の手が、容赦なく内腿のさらに奥へと滑り込んでいく。

​「あ……ぅ、んんっ……!」

​声を出してはいけない。

ここは病院のロビーなのだ。

だが、佐藤の指がひとみの最もデリケートな境界線に触れようとした、その時。

​――コツ、コツ、コツ……。

​静まり返ったフロアに、規則正しい硬い足音が響き渡った。

夜間警備員の巡回だ。

​「っ……!」

​ひとみの心臓が跳ね上がった。

足音は確実に、この受付カウンターに向かって近づいてくる。

懐中電灯の光が、遠くの壁を不規則に撫でるのが見える。

​佐藤は動きを止めない。

それどころか、ひとみの口元を片手で塞ぎ、さらに深く指を押し込んだ。

​「静かにしろ。見つかりたいのか?」

​佐藤の卑劣な囁きが耳元で弾ける。

足音はついにカウンターのすぐ側まで来た。

ひとみは机に顔を押し付け、涙を溜めながら祈るように目を閉じた。

(来ないで……見ないで……お願い……っ!)

​警備員が立ち止まる。

一瞬の、永遠のような静寂。

やがて、カチリと無線機が鳴る音が聞こえ、足音はゆっくりと遠ざかっていった。

​「…………ふぅ」

​佐藤が満足げに鼻で息をつき、ゆっくりと指を引き抜く。

ひとみは力なく崩れ落ち、乱れたスカートを震える手で押さえた。

助かった。

だが、今の絶望的な恐怖の中でさえ、佐藤の指に微かに反応してしまった自分への嫌悪が、彼女を激しく責め立てた。

​佐藤は身なりを整えると、勝ち誇ったような笑みを浮かべて暗闇へと消えていった。
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