絡まる残り香―滴る甘い蜜―

【第一話】:事後の残響、冷え切った階段 3

そこには、大学病院の静謐な空気の中で微笑んでいた女の面影は、微塵も残っていなかった。

更衣室の奥、タイル張りのシャワーブースに逃げ込むようにして、ひとみは自動水栓を捻った。

容赦なく降り注ぐ温水が、男たちの放った精液と汗、そして自分たちが流した蜜の混濁を、白濁した雫となって足元へ流し去っていく。

石鹸を泡立て、指先が胸元や内腿の「傷痕」に触れるたび、そこを蹂躙した男の荒々しい掌の感触が、電気信号のように脳髄を灼いた。

「……消えない……っ」

いくら洗い流しても、鼻腔の奥にこびり付いた雄の饐えた匂いと、喉の奥に残る異物の圧迫感が消え去ることはない。

むしろ、清潔な水に晒されることで、体内を侵食した「不潔な充実感」がより鮮明に、その輪郭を主張し始めていた。

(……やばっ)

ひとみは壁に額を押し当て、溢れ出す涙をシャワーの水流に紛れ込ませた。

それは後悔ではなく、日常という名の檻へ戻らなければならないことへの、理不尽なまでの絶望。

隣のブースからも、美奈代が立てる激しい水音が響いてくる。

二人は壁一枚隔てたまま、誰に語ることも許されない秘密を、熱い湯気の中に閉じ込めた。

シャワーを終え、鏡の前で再び対面したとき、二人は以前よりもずっと深く、そして暗い繋がりを感じていた。

「……帰りましょう、ひとみさん。私たちの、……『本当の地獄』へ」

美奈代の言葉は、冷え切った朝の空気のように、ひとみの胸を鋭く突き刺した。

(明日の朝も娘を送り出してと……大変だっ!
早く帰らないと……っ)

聖母の仮面を塗り直し、再び白衣を纏う日常。

だが、その内側には、決して乾くことのない、底なしの渇望が芽生えていた。
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