絡まる残り香―滴る甘い蜜―
【第三話】:侵食する影、偽りの旅路 1
上野の喧騒から一歩足を踏み入れた、湿り気を帯びた路地の裏。
ひとみの鼻腔を突いたのは、昼間の病院で嗅いだ消毒液の匂いではなく、古いコンクリートと、微かに混じる「雄」の脂の匂いだった。
その気配に導かれるように立ち尽くしていた彼女の背後に、影が落ちる。
「……おや、ひとみさん。奇遇ですね」
心臓が跳ねた。振り返った先には、仕立ての良い漆黒のコートに身を包み、銀糸のような白髪を完璧に整えた「主(ボス)」が立っていた。
その傍らには、まるで獲物を仕留めた牝豹のような艶やかな笑みを湛えた美奈代が、誇らしげに彼の太い腕に絡みついている。
ボスの眼差しは、事務服の上からでもひとみの裸体を透かし見るような、冷徹で支配的な光を宿していた。
「ちょうど美奈代さんと食事に行くところだったんです。貴女も、いかがですか?」
抗う術など、最初から持ち合わせてはいなかった。
ボスの声は静かだが、逆らえばそのままこの闇に呑み込まれてしまうような、
絶対的な磁力を含んでいる。
誘われるまま、ひとみは地下界隈でも知る人ぞ知る、看板のない隠れ家的な高級レストランへと足を踏み入れた。
重厚な扉の向こうに広がるのは、外界とは隔絶された、禁欲的でありながら倒錯した贅が尽くされた空間だった。
運ばれてくる芳醇なワイン、最高級のジビエ料理。
だが、ひとみの味蕾は何も感知しなかった。
ひとみの鼻腔を突いたのは、昼間の病院で嗅いだ消毒液の匂いではなく、古いコンクリートと、微かに混じる「雄」の脂の匂いだった。
その気配に導かれるように立ち尽くしていた彼女の背後に、影が落ちる。
「……おや、ひとみさん。奇遇ですね」
心臓が跳ねた。振り返った先には、仕立ての良い漆黒のコートに身を包み、銀糸のような白髪を完璧に整えた「主(ボス)」が立っていた。
その傍らには、まるで獲物を仕留めた牝豹のような艶やかな笑みを湛えた美奈代が、誇らしげに彼の太い腕に絡みついている。
ボスの眼差しは、事務服の上からでもひとみの裸体を透かし見るような、冷徹で支配的な光を宿していた。
「ちょうど美奈代さんと食事に行くところだったんです。貴女も、いかがですか?」
抗う術など、最初から持ち合わせてはいなかった。
ボスの声は静かだが、逆らえばそのままこの闇に呑み込まれてしまうような、
絶対的な磁力を含んでいる。
誘われるまま、ひとみは地下界隈でも知る人ぞ知る、看板のない隠れ家的な高級レストランへと足を踏み入れた。
重厚な扉の向こうに広がるのは、外界とは隔絶された、禁欲的でありながら倒錯した贅が尽くされた空間だった。
運ばれてくる芳醇なワイン、最高級のジビエ料理。
だが、ひとみの味蕾は何も感知しなかった。