絡まる残り香―滴る甘い蜜―
【第三話】:侵食する影、偽りの旅路 5
そこには、良き妻、良き母を演じながら、その実、昨夜注ぎ込まれた「雄」の残滓を胎内に宿し、その汚辱に疼きを感じている、正体不明の「獣」が潜んでいるのだから。
夫が放った「母親としての自覚」という言葉は、本来なら彼女を正気に引き戻すための楔(くさび)になるはずだった。
しかし、今のひとみにとって、それは自身の首を絞める真綿のような、息苦しい倫理の押し付けに過ぎなかった。
家事、育児、そして病院での単調な事務。それらすべてが、彼女という存在を「記号」としてしか扱わない、枯れ果てた砂漠のような日常。
(私は、あそこで初めて『私』になったの……)
脳裏に、あの地下大部屋の紅い絨毯が鮮明に浮かび上がる。
髪を掴まれ、視界を奪われ、ただ荒い肌の感触と強引な侵入に身を任せるだけの時間。
そこには「若林ひとみ」という名前も、役職も、責任もなかった。
ただ、蹂躙され、満たされるだけの一個の肉体。
その圧倒的な被支配の感覚こそが、皮肉にも彼女に、生の実感を与えてしまったのだ。
「……っ」
無意識に、エプロンの上から内腿の痣を強く押さえつけた。
鈍い痛みが走り、脳髄を痺れさせる。
その痛みは、聖母のような顔で診察券を捌く自分と、地下で獣のように喘ぐ自分を繋ぎ止める、唯一の生々しい糸だった。
(美奈代さんは、言ったわ。『真の家畜』と……)
夫が放った「母親としての自覚」という言葉は、本来なら彼女を正気に引き戻すための楔(くさび)になるはずだった。
しかし、今のひとみにとって、それは自身の首を絞める真綿のような、息苦しい倫理の押し付けに過ぎなかった。
家事、育児、そして病院での単調な事務。それらすべてが、彼女という存在を「記号」としてしか扱わない、枯れ果てた砂漠のような日常。
(私は、あそこで初めて『私』になったの……)
脳裏に、あの地下大部屋の紅い絨毯が鮮明に浮かび上がる。
髪を掴まれ、視界を奪われ、ただ荒い肌の感触と強引な侵入に身を任せるだけの時間。
そこには「若林ひとみ」という名前も、役職も、責任もなかった。
ただ、蹂躙され、満たされるだけの一個の肉体。
その圧倒的な被支配の感覚こそが、皮肉にも彼女に、生の実感を与えてしまったのだ。
「……っ」
無意識に、エプロンの上から内腿の痣を強く押さえつけた。
鈍い痛みが走り、脳髄を痺れさせる。
その痛みは、聖母のような顔で診察券を捌く自分と、地下で獣のように喘ぐ自分を繋ぎ止める、唯一の生々しい糸だった。
(美奈代さんは、言ったわ。『真の家畜』と……)