絡まる残り香―滴る甘い蜜―

【第三話】:侵食する影、偽りの旅路 6

その言葉が、暗闇の中で甘く、毒々しく響く。

家畜には、意思など必要ない。

与えられた悦びに震え、ただその生を消費されるだけの存在。

夫との間に横たわる、この救いようのない冷気。娘の震える声。

それらすべてから目を背け、逃げ出したくなる衝動。

それは「自由」への渇望ではなく、むしろ徹底的な「隷属」への憧憬だった。

自分という輪郭を粉々に砕いてほしい。

ボスの冷徹な指先で、美奈代の残酷な囁きで、そして伊豆の別荘に集うという、未知なる「雄」たちの暴力的な情欲で。

ひとみは暗闇の中で、自身の浅い呼吸が熱を帯びていくのを感じていた。

リビングの時計が、無機質な音を立てて時を刻む。

一分、一秒経つごとに、彼女の中の「若林ひとみ」は死に絶え、代わりに漆黒の闇に染まった「雌」が、その産声を上げようとしていた。

伊豆への出発まで、あと数日。

そのカウントダウンは、彼女にとって、人間としての葬送行進曲であり、同時に家畜としての戴冠式への序曲でもあった。
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