絡まる残り香―滴る甘い蜜―
第7章 : 濡れた祭壇、絶頂の晩餐

【第一話】: 奈落へ誘う、特急「踊り子号」 1

東京駅、特急「踊り子」が滑り込む地上ホーム。

週末の解放感に浮き足立つ観光客の嬌声や、伊豆の海を夢見る家族連れの喧騒が、今の若林ひとみには遠い異世界の出来事のように感じられた。

彼女が必死に守り続けてきた、平穏な「日常」。

それは数日前、あの地下の会員制レストランで、ボスの冷徹な瞳に見つめられた瞬間に、音を立てて崩れ去っていた。

「お待たせしました、ひとみさん。覚悟は決まったかしら?」

人混みを割って現れた美奈代は、完璧な貴婦人の装いだった。

カシミアのコートの襟を立て、上品に微笑んでいるが、その瞳の奥には獲物を追い詰める猛獣のような冷酷な光が宿っている。

その隣には、銀糸のような白髪を整えた絶対権力者であるボス。

そして背後には、削り出された岩石のように強固な体躯をした男、たけさんが重苦しい影のように控えていた。

その姿を認めた瞬間、ひとみの背筋に氷の楔が打ち込まれた。

かつて、一度だけ彼に抱かれたことがある。

(あっ……あの時の、……あの人だわ、……でも、……なぜ、ここに……)

この闇の世界に足を踏み外した最初の夜。彼の無機質で岩のように硬い肉体と、慈悲のない重いピストンの衝撃。

その記憶が、ひとみの下腹部を嫌な熱さで疼かせる。

「紹介しましょう。ボスの運転手兼SPを務めている、たけさんです。……あら、以前にもう『面識』はあったわね?」

美奈代の含みのある笑い声が、ひとみの鼓膜を嫌らしく撫でる。

「失礼します、ひとみさんでしたね。またお世話になります」

たけさんは感情を排した声で短く告げた。

その瞳は、ひとみを「使用済の極上品」として見なしていた。

特急「踊り子」のグリーン車、最後部座席。
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