甘い夢はもう見ない〜お見合い結婚から始まる両片想いの恋〜
譲り受けた大切な形見
「左京さん、明日から料亭の仕事を再開しようと思っていて……」

パーティーの翌日。
仕事から帰ってきた左京と夕食を食べながら、桜子が切り出した。

「10時から16時くらいまでで、遅くとも17時には帰宅します。今まで通り夕食もご用意しますので、お許しいただけますか?」

改まったように両手を膝に置いて頭を下げる桜子に、左京も真剣に頷く。

「もちろんだ。許すも許さないもない。いつだって君の好きなようにしてほしい」
「はい、ありがとうございます」

桜子はホッとしたように笑顔をみせた。

そんな桜子を見て、左京も改めて口を開く。

「夕べのパーティーではありがとう。今日出社したら、社長に呼ばれてね。なんでも君のことが話題になっていて、次々と仕事の関係者からパーティーの誘いが来たとか」

えっ!と桜子は驚いて顔を上げた。

「私、なにか失礼なことを?」
「いや、まさか。逆だよ。夕べは参加出来なかったから、ぜひ次のパーティーにも来てほしいという誘いだ。みんな君に会いたがっているらしい」
「そんな、どうして私なんかに? あっ、左京さんの妻という肩書きだからですね」
「そうじゃない。パーティーにいた人の間で、君がすてきな女性だと話題になっているからだ。夕べは外国人がほとんどで年齢層も若かったから、次回は日本企業の年配者が集まるパーティーに参加してくれないかと。社長が直々に君を紹介したいらしい」
「ええ!?」

桜子は箸を置いて、手で頬を押さえる。

「どうしましょう。私なんかがそんな……。左京さんの目が節穴だと思われてしまうわ」

眉をハの字に下げて呟いていると、左京も箸を置いた。

「桜子」
「はい」

顔を上げた桜子を、左京は真っ直ぐに見つめる。

「君は俺の大切な妻だ。俺は胸を張って君をみんなに紹介する。俺の妻を悪く言うなんて、たとえ君自身でも許さないぞ?」
「あ、はい」
「それにパーティーが嫌なら遠慮なく断ってくれていいんだ。君には無理をしてほしくない。けど俺は、桜子と一緒に行きたい。君と行けば、いつもはつまらないパーティーが楽しくなるから」
「そうなのですか?」
「ああ。夕べもとても楽しかった。ドレス姿の桜子は惚れ惚れするほどきれいで、そんな君をエスコートしていると、俺まで幸せな気分になったよ。一人でパーティーに行っても食欲は湧かないけど、君が目を輝かせて『美味しい!』と食べてくれるから、俺も昨日は美味しく味わえた。君といるだけで、こんなにもパーティーが楽しいものになるなんてな。もう一人では行きたくない」

最後はいじけたように小さくうつむく左京に、桜子は思わず笑い出した。

「ふふっ、左京さん子どもみたいです」
「だって、桜子がいるかいないかで、常夏のハワイと極寒のシベリアほどの差があるから」
「そんなに?」

桜子の頭の中で、アロハシャツとサングラスでかっこいいポーズを決める左京と、極地仕様のロングコートのフードをかぶってブルブル震える左京が思い浮かぶ。

「やだ、左京さんが凍えるなんて。分かりました。私が一緒に行くだけでいいんですか?」
「もちろん。けど、無理はするな。嫌なら来なくていいんだぞ?」
「ううん、私でよければ行きます。私も左京さんと一緒なら楽しめるから。また美味しいお料理食べられるんでしょう?」
「ああ。今度のパーティーは和食がメインだぞ」
「本当? それなら楽しみ! あ、でも左京さん」

ためらうように声を潜める桜子に、左京が心配そうな表情になる。

「どうした? やっぱり嫌か?」
「ううん、違います。あのね、今度は着物で行ってもいい? ほら、ご年配の方が多いのなら、夕べみたいなドレスはちょっと恥ずかしいの」
「そうか。桜子は着物がよく似合うからな。確かに年配のご婦人方に会うには、その方がいいと思う。俺はどんな桜子でも嬉しいし、夕べのドレス姿は本当に見惚れたけど、着物姿の桜子も上品な大和撫子で、俺の自慢の奥さんだ」

普段の左京とは比べものにならないほど、次々と口をついて出てくる褒め言葉に、桜子は顔を赤らめた。

「あの、左京さん、酔ってますか?」
「は? まだビールをひと口しか飲んでないぞ?」
「ですよね」

夕べのパーティーがきっかけで、二人の間に流れる空気感が変わったと桜子は思う。

(今までどうして二人きりでも平気だったのかしら。どうして目が合っても平常心でいられたの? 今はドキドキして顔も上げられないのに)

考え込んでいると、左京が心配そうに「桜子?」と顔を覗き込んできた。
それだけで胸がキュンとする。

「あ、はい。ごめんなさい、考えごとをしてしまって。えっと、では左京さん。パーティーの日程が決まったら教えていただけますか? ちょうど明日、料亭のお手伝いに行くので、実家から着物を持ち帰ってきますね」
「ああ、分かった」
「振り袖はもう着られないから、なにかいいものあったかな?」
「それなら新しい着物を新調しよう」

サラリとそう言う左京に、桜子は慌てた。

「えっ、そんな、いいですよ。着物なんて高価なものを、私の為にわざわざ」
「なにを言う。桜子は俺の妻だぞ?」
「あ、そうですよね。私が持っている着物は、左京さんのお家柄には釣り合わないですよね」
「そういう意味ではない。俺が桜子の為に贈りたいんだ。受け取ってくれると嬉しい」
「では、はい。ありがたく」
「ああ、すぐにでも選びに行こう」

真面目な左京の口調はいつもと変わりないのに、甘く聞こえるのは気のせいだろうか?

桜子は頬が熱くなるのを感じながら、緊張の面持ちで食事の手を進めた。
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