甘い夢はもう見ない〜お見合い結婚から始まる両片想いの恋〜
今夜の会場は、橘ホールディングスが誇る創業100年を超えるホテル。

レトロとモダンを融合し、外観の赤レンガやロビーのステンドグラスなど古き良き時代の名残りを感じつつ、まばゆいシャンデリアが美しい、格式高いホテルとして愛されていた。

バンケットホールも、シックで落ち着いた色合いと、重厚なインテリアでまとめられ、大正時代にタイムスリップしたような気分になる。

ホールの中央でグラスを片手に談笑している左京の父に、桜子は左京にエスコートされて近づいた。

「お義父様、こんばんは」
「おお、桜子ちゃ……」

振り返った父は、先ほどの左京と同じように、言葉を止めて目を見開く。

「咲子……?」

え?と桜子が首をかしげると、「ああ、ごめん」といつもの笑顔に戻った。

「いやー、これは美しい。よく似合ってるよ、桜子ちゃん」
「ありがとうございます。大切に着させていただきます」

うんうんと感慨深げに頷く父の後ろから、ドレス姿の年配の婦人が顔を覗かせた。

「まあ、咲子さん!?」
「えっ、あの……」

桜子が戸惑っていると、その婦人は「まさかね」と自分に言い聞かせるように呟く。

「でも驚いたわ、咲子さんの若い頃にそっくり。ひょっとして左京さんの奥様かしら?」
「はい、桜子と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。私は橘さんと古くからお仕事でおつき合いがある、梶原(かじわら)不動産の梶原です。主人はあそこにいるわ。今夜はパーティーにお越しくださってありがとう」

今夜のパーティーを主催したのはこのご夫婦なのだと分かり、桜子は改めて頭を下げる。

「お招きいただき、ありがとうございます。お目にかかれて大変光栄です」
「まあ、左京さんがこんなに可愛らしいお嫁さんをもらったなんて。咲子さんも天国でさぞかし喜んでいらっしゃるでしょうね。その色留袖、懐かしいわ。咲子さんのお気に入りだったの。あなたにとてもよく似合ってる。今夜のパーティー、楽しんでいらしてね」
「はい、ありがとうございます」

他のゲストのもとに挨拶に向かう梶原夫人を見送ると、桜子は左京を見上げた。

「左京さん」
「ん? どうした」
「私、左京さんのお母様に似ているの?」

左京は桜子に優しく微笑んで頷く。

「ああ。俺の記憶の中での母親は40代だけど、面影が桜子に似ている。特に今夜の着物姿は。どうやら親父もそう思ったみたいだから、俺の気のせいではないだろうな」
「そうなのですね。私、お母様の思い出を汚してなければいいのですけど……」
「とんでもない。桜子こそ、勝手に重ね合わされて嫌な思いをしていないか?」
「まさか、そんなこと」

桜子は首を振ってきっぱり否定すると、着物の胸元に手を添えて視線を落とした。

「この色留袖を着ていると、左京さんのお母様にお会い出来たような、温かい気持ちに包まれます」
「そうか。ありがとう、桜子」
「私こそ。大切なお母様のお着物を着せていただいて、感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます、左京さん」

見つめ合うと、二人の間に穏やかな空気が生まれる。

左京は、左腕に添えられた桜子の手を、右手でそっと包み込んで握った。
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