甘い夢はもう見ない〜お見合い結婚から始まる両片想いの恋〜
「えっ、常務の奥様でいらっしゃいますか?」
「なんてお美しい」
「Oh……how beautiful.」

会場に足を踏み入れるなり、桜子は橘ホールディングスの社員や現地の企業の関係者に取り囲まれた。

「初めまして、橘桜子と申します」
「桜子さんとおっしゃるのですか? 名前まですてきですね」
「いえ、そんな」
「私は橘ホールディングス海外事業部営業課の門倉(かどくら)と申します。どうぞお見知りおきを」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」

その後も桜子は、次から次へとひっきりなしに名刺を渡される。

「桜子」
「はい」

左京に呼ばれて振り返るも、周りに人がいて身動きが取れない。

外国人が桜子の手を握ったところで、左京の我慢が限界を超えた。

「失礼」

左京は手を伸ばすと、グイッと桜子の肩を抱き寄せる。

「紹介する。妻の桜子だ」

そう口にするが、表情は「俺の女に触るな」と言わんばかりだった。

一度は引き下がったものの、左京の牽制も虚しく皆は桜子と話をしたがる。

パーティーは立食形式で、乾杯を終えるとまた桜子の周りに人が集まってきた。

皆こぞって、着物姿の桜子と一緒に写真を撮る。

海外企業にも「なるほど。この地にこんなふうに日本らしい宿を建てるのか。楽しみだな」と、良いイメージが伝わったようだった。

「奥様に旅館のアドバイスをいただけたら心強いのですが。常務、奥様もぜひミーティングにご参加いただけませんか? 奥様、いかがでしょう?」

左京より1つ年下の門倉が、やり手の営業マンらしくにこやかに桜子を誘う。

「いえ、お邪魔になるだけかと存じますが……」
「とんでもない。女性の目線で、純和風の旅館造りにご意見をいただけたら、大変ありがたいです。それに常務がお仕事をされている間、奥様をお一人にする訳にはまいりませんから」

それを聞いて左京が頷く。

「それもそうだ。桜子、退屈かもしれないが、同行してくれるか?」
「はい、もちろんです。お役には立てないかと思いますが」
「桜子は俺のそばにいてくれるだけでいい」
「さ、左京さん」

桜子が顔を真っ赤にして左京の背中の後ろに隠れると、左京はさり気なくその手を握る。

もはや顔を上げられなくなった桜子を、左京はテーブルに促して席に座らせた。

「ここにいて。今料理を取ってくる」
「はい、ありがとうございます」

左京は微笑んで頷くと、ビュッフェカウンターで桜子の好きそうな料理を盛り付けた。

だが振り返った途端、一気に顔つきを変える。

桜子はまたしても、男性社員たちに囲まれていた。

「門倉!」
「はい?」
「桜子に近づくな」

そんな、と桜子が左京を止める。

「左京さん、門倉さんはお話し相手になってくださっただけです」
「それなら半径2m以上離れて話せ」

ええー!?と門倉が声を上げた。

「常務、本気でおっしゃってますか?」
「俺が冗談を言ったことがあるか」
「ないです。いやー、それにしても常務にこんな一面があったとは……。いつもクールで完璧なイメージだったのに。愛の力ってすごいですね」

門倉はそう言うと背中を向け、大きな歩幅で3歩後ろに下がった。

「これくらいでいいかな? 奥様、どうぞ末永く常務のことをよろしくお願いします!」
「あ、はい!」

離れたところから声をかける門倉に、桜子も律儀に返事をする。

それからも誰かが桜子に近づこうとする度に、左京は睨みを効かせていた。
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