甘い夢はもう見ない〜お見合い結婚から始まる両片想いの恋〜
「奥様、お部屋にお戻りの際は足元に充分お気をつけて。あ、なんならお送りしましょうか?」

朝の見送りにマンションのロータリーに下りた桜子を、戸部がソワソワと気にする。
妊娠5か月に入った3月の末に、二人は周囲の人にも妊娠を打ち明けていた。

いつものように左京を見送る桜子のお腹は、少しふっくらしてきて、赤ちゃんも元気に育っている。
既にママのような優しい表情を浮かべる桜子に、桜の花びらがひらひらと舞い落ちて美しく彩った。

「大丈夫ですよ、戸部さん。一人で戻れますから」
「でも、大事な奥様と赤ちゃんになにかあったら……」

うろたえる戸部に、左京が「戸部、遅れる」と短く言うと、戸部は急いで運転席に回った。

「それじゃあ、桜子、行ってくる」
「はい、お気をつけて」
「桜子も、くれぐれも足元には気をつけて。家事はやらなくていいから、休んでろ。少しでもなにかあればいつでも連絡して。どこにいてもすぐに飛んで帰るし……」
「左京さん、遅れますよ?」
「ああ、そうだな」

桜子は、ふふっと笑ってお腹に手を当てる。

「パパに行ってらっしゃいしようね」

左京も頬を緩めて、桜子の手に自分の手を重ねた。

「行ってくる。ママとお留守番頼むな」

そう言うと左京は、さり気なく桜子の頬にチュッとキスをする。

「行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」

桜子は頬をほんのり赤らめて、左京を見送った。



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