兄になった先輩を好きだった

第10章 好きって言えない

引っ越してから、学校に行くのが少しだけ緊張するようになった。

家では同じ家族。
でも学校では、今まで通り。

それが、思っていたより難しかった。

朝。

キッチンからいい匂いがする。

リビングに行くと、颯斗先輩がフライパンを持っていた。

「おはよう」

普通の声。

「……おはようございます」

私は少しぎこちなく答える。

「敬語いらないだろ」

先輩が笑う。

「でも…」

なんて言えばいいか分からない。

家では兄。

学校では先輩。

どっちで話せばいいのか、分からなくなる。

「ほら」

先輩が皿を差し出す。

「卵焼き」

「ありがとうございます」

席に座る。

向かい合って朝ごはんを食べる。

まるで、本当の兄妹みたいだった。

それが少し苦しい。

---

学校。

廊下を歩いていると、後ろから声がした。

「藤沢」

振り向く。

颯斗先輩だった。

周りに人がいる。

胸が少しドキッとする。

「体育委員の資料、今日持ってきてる?」

「あ、はい」

私はカバンからプリントを出す。

先輩に渡す。

そのとき、ふと目が合う。

ほんの一瞬。

でも、すぐに先輩は視線を外した。

「ありがとう」

それだけ言って歩いていく。

今までなら、もう少し話していたのに。

少し距離がある。

それが分かって、胸が痛くなる。

(これでいいんだ)

自分に言い聞かせる。

家族なんだから。

変な距離の方がおかしい。

でも。

放課後。

体育館の準備室で一人で作業していると。

「藤沢」

また声がした。

先輩だった。

「まだ帰ってなかったのか」

「委員会のまとめです」

「そっか」

先輩は少しだけ近くに来る。

距離が近い。

心臓がうるさくなる。

「最近」

先輩がぽつりと言う。

「避けてる?」

ドキッとする。

「え?」

「なんか、前より距離ある」

言葉に詰まる。

図星だった。

「そんなことないです」

私は下を向いて言う。

「気のせいです」

先輩は少し黙った。

そして、小さく言う。

「…ならいいけど」

その声が、少し寂しそうだった。

胸がぎゅっと痛む。

言いたい。

本当は。

好きだから距離を取ってるなんて。

でも言えない。

絶対に。

だって――

**兄妹だから。**

私は小さく笑った。

「先輩、もう帰った方がいいですよ」

「なんで?」

「三年生、忙しいじゃないですか」

少しだけ距離を取る。

「私は大丈夫です」

先輩は少しだけ私を見ていた。

でも、やがて言った。

「…分かった」

そして扉に向かう。

出ていく直前。

振り向かずに言った。

「無理すんなよ」

その一言で、胸が苦しくなる。

扉が閉まる。

静かな準備室。

私は机に手をついた。

「……好きなのに」

声が震える。

近くにいるほど、苦しい。

触れられる距離にいるのに、
絶対に届かない。

そんな恋だった。

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