兄になった先輩を好きだった

第9章 同じ屋根の下

それから一週間後。

私と母は、橘家に引っ越した。

段ボールだらけのリビング。

「こっちはキッチン用品」

母が箱を開けながら言う。

私は自分の部屋の前に立っていた。

ドアには小さな紙が貼ってある。

**美羽の部屋**

少しだけ不思議な気持ちになる。

ここが、私の家。

そして――

この廊下の先に、颯斗先輩の部屋がある。

ドアが開いた。

「引っ越し終わりそう?」

颯斗先輩だった。

家なのに、制服じゃない姿がまだ慣れない。

Tシャツにジャージ。

髪も少しラフだった。

「はい、だいたい」

私は答える。

先輩は少し笑った。

「なんか変だな」

「何がですか」

「学校の後輩が家にいるの」

確かにそうだ。

私も苦笑した。

「私も思ってました」

少し沈黙が落ちる。

そのとき、母の声が聞こえた。

「颯斗ー!美羽ー!」

「はーい!」

私たちはリビングに向かう。

テーブルの上には、夕ご飯が並んでいた。

四人で座る。

家族みたいな光景。

いや、もう家族なんだけど。

「いただきます」

食事が始まる。

母と再婚相手の人は楽しそうに話している。

でも。

私はずっと緊張していた。

隣に、颯斗先輩がいるから。

距離が近い。

近すぎる。

箸を落とした。

「…あ」

その瞬間。

先輩が同時に拾おうとした。

手が触れる。

一瞬だったけど。

心臓が跳ねる。

「…ごめん」

先輩が小さく言う。

「いえ」

私はすぐ手を引いた。

普通のことなのに。

胸が苦しい。

食事が終わる。

それぞれ部屋に戻る。

廊下を歩いていると、先輩が後ろから声をかけた。

「藤沢」

私は振り向く。

「…いや」

少し迷った顔をしている。

「もう藤沢じゃないな」

確かに。

苗字が変わった。

私は少し笑った。

「そうですね」

先輩も少し笑う。

でも、すぐ真面目な顔になる。

「でも」

小さく言う。

「学校では今まで通りでいいよ」

胸が少し痛くなる。

今まで通り。

つまり。

**ただの後輩。**

「分かりました」

私は頷く。

「おやすみ」

「おやすみ」

先輩は自分の部屋に入る。

ドアが閉まる。

静かな廊下。

私は自分の部屋に入った。

ベッドに座る。

そして、小さくつぶやく。

「…好きなのに」

声が震える。

こんな近くにいるのに。

こんなに話しているのに。

もう、この恋は――

**絶対に叶わない。**

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