兄になった先輩を好きだった
第12章 卒業前夜
三月の風は、まだ少し冷たかった。
颯斗先輩の卒業式は、明日だった。
つまり――
先輩がこの家にいる最後の日。
大学は県外。
春から一人暮らしになる。
家の中には、段ボールがいくつか置かれていた。
玄関の近くにも、大きなキャリーケース。
それを見るたびに、胸が少しだけ重くなる。
(本当に行っちゃうんだ)
リビングでは、母たちが楽しそうに話していた。
「大学生活楽しみだね」
「向こうでも頑張れよ」
そんな声が聞こえる。
でも、私はその輪に入れなかった。
静かに席を立つ。
「ちょっと外行ってくる」
母が振り向く。
「寒いよ?」
「大丈夫」
そう言って、玄関を出た。
夜の空気は冷たかった。
家の前の小さな道。
街灯の光だけが、ぼんやり照らしている。
深く息を吸う。
すると――
「藤沢」
後ろから声がした。
振り向く。
颯斗先輩だった。
ジャケットを羽織っている。
「外出ると思った」
少し笑っている。
「なんで分かったんですか」
「なんとなく」
先輩は隣に立った。
しばらく、二人で夜の道を見ていた。
静かな時間。
遠くで車の音だけが聞こえる。
「…明日だな」
先輩がぽつりと言う。
「はい」
「卒業」
胸がぎゅっとなる。
言葉が続かない。
沈黙が落ちる。
そのとき、先輩が言った。
「藤沢」
「はい」
「いや」
少し困ったように笑う。
「家だと呼び方変えた方がいいのか」
私は小さく笑った。
「どっちでもいいです」
「そっか」
また静かな時間。
そして、先輩が空を見る。
「なあ」
「はい」
「もしさ」
少しだけ声が低くなる。
「もし俺たちが」
そこで言葉が止まる。
でも、続きは分かっていた。
「兄妹じゃなかったら」
胸が大きく揺れる。
先輩は苦笑した。
「…変な話だな」
「先輩」
思わず声が出る。
でも、続きが言えない。
先輩はゆっくり言った。
「俺さ」
初めて聞く声だった。
少しだけ、苦しそうな声。
「気づくの遅かった」
胸が締めつけられる。
「体育祭の頃とか」
「雨の日とか」
小さく笑う。
「多分、あの辺から」
私は動けない。
言葉が出ない。
先輩は続ける。
「でも」
静かに言った。
「もう遅いよな」
風が吹く。
冷たい空気。
先輩は私を見た。
「俺たち、兄妹だから」
その言葉は、優しかった。
でも、すごく残酷だった。
涙が出そうになる。
でも泣けない。
泣いたら、全部崩れそうだから。
先輩は小さく笑った。
「だから」
少しだけ優しい声で言う。
「忘れろ」
胸が痛い。
「お前はまだ高校二年だし」
「俺なんかより、もっといいやついる」
私は首を振った。
「そんなの」
声が震える。
「そんなの…」
でも続きが言えない。
好き。
その一言が、どうしても言えない。
先輩はそれを見ていた。
そして、優しく言った。
「分かってる」
その一言で、涙がこぼれた。
慌てて拭く。
先輩はそれ以上何も言わなかった。
ただ、少しだけ距離を取る。
それが最後の優しさみたいだった。
「寒いな」
先輩が言う。
「そろそろ入るか」
私は小さく頷いた。
「はい」
家のドアを開ける。
暖かい空気が流れてくる。
でも、胸の奥はずっと冷たいままだった。
明日になれば。
先輩はこの家を出ていく。
そしてきっと――
この恋も終わる。
颯斗先輩の卒業式は、明日だった。
つまり――
先輩がこの家にいる最後の日。
大学は県外。
春から一人暮らしになる。
家の中には、段ボールがいくつか置かれていた。
玄関の近くにも、大きなキャリーケース。
それを見るたびに、胸が少しだけ重くなる。
(本当に行っちゃうんだ)
リビングでは、母たちが楽しそうに話していた。
「大学生活楽しみだね」
「向こうでも頑張れよ」
そんな声が聞こえる。
でも、私はその輪に入れなかった。
静かに席を立つ。
「ちょっと外行ってくる」
母が振り向く。
「寒いよ?」
「大丈夫」
そう言って、玄関を出た。
夜の空気は冷たかった。
家の前の小さな道。
街灯の光だけが、ぼんやり照らしている。
深く息を吸う。
すると――
「藤沢」
後ろから声がした。
振り向く。
颯斗先輩だった。
ジャケットを羽織っている。
「外出ると思った」
少し笑っている。
「なんで分かったんですか」
「なんとなく」
先輩は隣に立った。
しばらく、二人で夜の道を見ていた。
静かな時間。
遠くで車の音だけが聞こえる。
「…明日だな」
先輩がぽつりと言う。
「はい」
「卒業」
胸がぎゅっとなる。
言葉が続かない。
沈黙が落ちる。
そのとき、先輩が言った。
「藤沢」
「はい」
「いや」
少し困ったように笑う。
「家だと呼び方変えた方がいいのか」
私は小さく笑った。
「どっちでもいいです」
「そっか」
また静かな時間。
そして、先輩が空を見る。
「なあ」
「はい」
「もしさ」
少しだけ声が低くなる。
「もし俺たちが」
そこで言葉が止まる。
でも、続きは分かっていた。
「兄妹じゃなかったら」
胸が大きく揺れる。
先輩は苦笑した。
「…変な話だな」
「先輩」
思わず声が出る。
でも、続きが言えない。
先輩はゆっくり言った。
「俺さ」
初めて聞く声だった。
少しだけ、苦しそうな声。
「気づくの遅かった」
胸が締めつけられる。
「体育祭の頃とか」
「雨の日とか」
小さく笑う。
「多分、あの辺から」
私は動けない。
言葉が出ない。
先輩は続ける。
「でも」
静かに言った。
「もう遅いよな」
風が吹く。
冷たい空気。
先輩は私を見た。
「俺たち、兄妹だから」
その言葉は、優しかった。
でも、すごく残酷だった。
涙が出そうになる。
でも泣けない。
泣いたら、全部崩れそうだから。
先輩は小さく笑った。
「だから」
少しだけ優しい声で言う。
「忘れろ」
胸が痛い。
「お前はまだ高校二年だし」
「俺なんかより、もっといいやついる」
私は首を振った。
「そんなの」
声が震える。
「そんなの…」
でも続きが言えない。
好き。
その一言が、どうしても言えない。
先輩はそれを見ていた。
そして、優しく言った。
「分かってる」
その一言で、涙がこぼれた。
慌てて拭く。
先輩はそれ以上何も言わなかった。
ただ、少しだけ距離を取る。
それが最後の優しさみたいだった。
「寒いな」
先輩が言う。
「そろそろ入るか」
私は小さく頷いた。
「はい」
家のドアを開ける。
暖かい空気が流れてくる。
でも、胸の奥はずっと冷たいままだった。
明日になれば。
先輩はこの家を出ていく。
そしてきっと――
この恋も終わる。