兄になった先輩を好きだった
第4章 雨の帰り道
体育祭の準備は、思っていたよりずっと大変だった。
放課後の体育館。
テープ貼り、用具の整理、競技の確認。
気づけば、毎日のように橘先輩と一緒にいる時間が増えていた。
でも――
それは「体育委員だから」。
そう思うようにしていた。
思わないと、少し苦しくなるから。
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その日、委員会が終わった頃。
外から、強い雨の音が聞こえてきた。
「うわ、すごい降ってる」
誰かが窓を見て言う。
体育館の外は、もう真っ白なくらいの雨だった。
「最悪…傘持ってない」
思わず小さくつぶやく。
すると。
「藤沢」
振り向く。
橘先輩が立っていた。
「傘ないの?」
「はい…」
少し恥ずかしくなる。
「貸そうか?」
「え?」
「俺、家近いし」
そう言って、先輩は黒い傘を軽く持ち上げた。
「でも…先輩が濡れます」
「大丈夫」
少し笑う。
「走れば帰れる」
それは、絶対大丈夫じゃない。
「それなら…」
少し迷ってから言う。
「途中まで一緒に入りますか」
先輩が一瞬止まる。
「……いいの?」
「はい」
なんだか、自分から言ったのに心臓がうるさい。
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校門を出る。
傘の中は、思っていたより狭かった。
肩が、少し触れそうなくらい。
雨の音が、すぐ近くで響いている。
しばらく、無言で歩く。
それが逆に落ち着かない。
「藤沢」
先輩が言う。
「はい」
「最近、体育委員どう?」
「忙しいです」
「だよな」
少し笑う。
「でも」
私は小さく言う。
「嫌じゃないです」
「ほんと?」
「はい」
少しだけ勇気を出す。
「先輩がいるので」
言った瞬間、心臓が止まりそうになる。
やばい。
言いすぎたかも。
でも先輩は怒らなかった。
少し驚いた顔をしてから、笑った。
「それ、嬉しいな」
その一言で、胸がぎゅっとなる。
雨はまだ強い。
傘の中の距離は変わらない。
むしろ、少しだけ近くなった気がした。
そのとき。
「…あ」
私が足を滑らせた。
雨で濡れた道だった。
転びそうになる。
その瞬間――
「危ない」
腕を、つかまれた。
先輩の手だった。
ぐっと引き寄せられる。
顔が、近い。
「大丈夫?」
「……はい」
声が小さくなる。
距離が、近すぎる。
先輩はすぐ手を離したけれど、心臓は全然落ち着かない。
「気をつけろよ」
「すみません…」
また歩き出す。
でもさっきからずっと、胸が苦しい。
(やっぱり…)
気づいてしまう。
私はきっと。
もう――
**橘先輩のことが、好きだ。**
雨はまだ降り続いていた。
でも、この帰り道が終わってほしくないって、少しだけ思った。