兄になった先輩を好きだった

第6章 体育祭の日

体育祭当日。

朝から学校は、いつもと全然違う空気だった。

グラウンドにはテントが並んでいて、
応援の声や音楽があちこちから聞こえてくる。

「体育委員は集合ー!」

先生の声が響く。

私たちは朝から準備で走り回っていた。

「藤沢、次の競技の用具!」

橘先輩が声をかける。

「はい!」

私はバトンの箱を持って走る。

忙しい。

でも、嫌じゃない。

むしろ――

先輩と一緒に動いているこの時間が、少しだけ楽しい。

---

午前の競技が終わった頃。

私はテントの裏で少し休んでいた。

「藤沢」

声がする。

振り向くと、橘先輩だった。

「水」

ペットボトルを差し出してくる。

「え」

「さっき走ってただろ」

「ありがとうございます」

受け取る。

冷たい水が喉を通る。

「頑張ってるな」

先輩が言う。

「体育委員、向いてるかもな」

「ほんとですか?」

「うん」

少しだけ笑う。

「最初はやる気なさそうだったけど」

「それ言わないでください」

思わず笑う。

そのとき。

グラウンドの方から大きな歓声が上がる。

風が吹く。

テントの中は、少し静かだった。

先輩がふと真面目な顔になる。

「藤沢」

「はい?」

「最近さ」

少しだけ言葉を探しているようだった。

「一緒に仕事してて、思ったんだけど」

胸が少しドキッとする。

「お前、ちゃんと周り見てるよな」

「え?」

「助かってる」

そんなこと言われると思ってなかった。

「そんな…」

「ほんと」

先輩は優しく言った。

「藤沢が体育委員でよかった」

胸がぎゅっとなる。

嬉しくて、苦しい。

この人が好きだと、改めて思う。

そのときだった。

「橘ー!」

先生の声がする。

「次の競技!」

「今行きます!」

先輩は立ち上がる。

でも、その前に私を見る。

「午後もよろしく」

その言葉が、やけに嬉しかった。

---

体育祭が終わった頃には、もう夕方だった。

オレンジ色の空。

グラウンドには、まだ片付けの音が響いている。

体育委員は最後まで残っていた。

「お疲れ」

橘先輩が言う。

みんなが帰り始める。

気づけば、残っているのは私と先輩だけだった。

「疲れた?」

「ちょっと」

正直に言う。

「でも楽しかったです」

先輩が少し笑う。

「俺も」

そして、少しだけ静かな時間が流れる。

そのとき。

先輩がぽつりと言った。

「藤沢さ」

「はい?」

「最初より、だいぶ仲良くなったよな」

胸がドキッとする。

「そう…ですね」

「なんかさ」

少し照れたように笑う。

「後輩だけど、普通に話せる」

その言葉が嬉しくて。

でも同時に、少し寂しい。

後輩。

それ以上じゃないってこと。

私は小さく笑った。

「それならよかったです」

夕方の風が吹く。

その瞬間、思った。

もし、この気持ちを言えたら。

もし、先輩が少しでも同じ気持ちだったら。

でも――

その未来は、すぐに崩れることになる。

私はまだ知らない。

数日後。

**この人が、家族になることを。**
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