最低で大嫌いなあなた、結婚してください
 ハッと顔を上げてそちらを見ると、シルエットになっていても分かる、鞠花が立っていた。

「鞠花……」

 Aラインのコートを着た彼女は、しばしその場に立ち尽くしていたが、「はぁ……」と溜め息をつくと、再度コツコツとヒールの音を立てて歩み寄ってきた。

「どうやってここが分かったんですか?」

 そう尋ねる声も、以前に比べて親しみやすさが減ったように思える。

「……興信所に頼んだ」

「……そうでしょうね。せっかくいらしたのに追い返すなんて事はしませんから、少し話をする間、上がってください。お茶ぐらいは出します」

 彼女はそう言ってオートロックを開け、ポストを確認してからエレベーターのボタンを押す。

 久しぶりに見る彼女は、幾分顔色が悪く、体調も悪そうに見えた。

(『お茶ぐらいは出します』……か)

 どんな理由があったのかは分からないが、今の彼女が自分に良くない感情を抱いているのは確かだ。

 けれど祥吾はその理由を知らないし、鞠花が正式に別れたいと言うなら、ちゃんと話をしてから判断したいと思った。

 今すぐにも聞きたい気持ちはあるが、祥吾は彼女の家に上がるまで衝動を我慢した。





〝とある理由〟から〝鳳祥吾〟から離れる事を決意した鞠花は、あのテレビ番組を見てからすぐに行動を開始した。

 勤め先の病院に一身上の都合で辞めさせてほしいと願い出て、賃貸マンションも解約し、引っ越し屋に連絡をつけて荷物を纏めた。

 行き先を仙台にしたのは、祖父母が住んでいる街だからだ。

 もう社会人になったのだから祖父母の家に厄介になるつもりはなく、交通の便がいい物件を探して、即決した。

 仙台は学生時代まで住んでいた街なので、土地勘はある。

 通勤でもプライベートでも移動に困らず、離れていた間に新しいビルができたり、テナントが変わったりなどはあったが、ほぼ昔のままだ。

〝祥吾〟に何も言わず離れたのは、自分の気持ちが定まりきっていないからだった。
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