最低で大嫌いなあなた、結婚してください
 鞠花はどうしても〝鳳祥吾〟と付き合う訳にいかなかった。

 だが恋人としての〝大井修吾〟はとても素敵な人だった。

 過去に〝色々〟あったのは承知の上だが、少なくとも自分には嫌な事をしなかったし、自称クズを脱却してまじめに付き合おうとしてくれていたのが分かった。

 修吾が鞠花に対しても遊び人の態度のまま接していたなら、仙台まで追いかけて来た彼に「帰ってください」と言っていただろう。

 彼が過去にどんな事をしていたかは想像するしかないが、大勢の女性と体の関係を結んでいただろう事は分かる。

 そして彼女たちを大切に扱わなかっただろう事も。

 彼は人から恨みを買っている自覚があると言っていたが、それは女性関係だけではなく、仕事も絡んでいると思っている。

 出会った時の黒ずくめの人物が、男か女か、何のために襲ってきたのかは分からない。

 とにかく〝鳳祥吾〟は人に恨みを買う人物だった。

 ――漏れなく、鞠花も彼を殺したいほど憎んでいた。

 けれど偶然出会った男性が〝鳳祥吾〟だと知らず、〝大井修吾〟だと思い込んだ鞠花は、すっかり彼を愛してしまったのだ。

 完全に関係を断ち切りたいと思ったなら、【別れましょう。もうあなたと付き合えません】と告げてから姿を消すべきだった。

 それなら祥吾だって自分を探し、追ってくる事はなかっただろう。

 だが鞠花は恋人としての〝修吾〟を愛し、彼がまともな男になろうと努力していた事を知っていたから、完全に別れを切り出す事ができずにいたのだ。

 よって彼女は何も言わずに消えるという選択をし、祥吾はそこに希望を抱いた。

 実際こうやって目の前に祥吾が現れても、鞠花はあまり驚きはしなかった。

 彼のような富豪があらゆる手段を講じたなら、自分一人捜し出すぐらい造作もないと思ったからだ。

 いつかは見つかる。

 自分に言い聞かせて仙台での日々を送っていたが、とうとうこの日が来てしまった。





「入ってください」

 自宅の鍵を開けた鞠花は、玄関でショートブーツを脱いで揃え、奥に進む。

「適当に座ってください。今、暖房をつけます」

 鞠花はバッグを床に置き、エアコンをオンにしてホットカーペットの電源も入れる。

 それからやかんに水を入れてコンロの火を点け、コートを脱いだ。

 自分もコートを脱いだ祥吾は、新しい鞠花の住まいをキョロキョロと見ながら、以前の家にもあった二人掛けのソファに腰かけた。
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