深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
 真下から届いた資料は、蒼のプロフィールと、代表作のリスト。
 柚子は昼休みに早速一曲目を再生した。
 他社から出された作品をちゃんと聴いてこなかったのは、職務怠慢かなと、最初の数秒を聞いて、猛省する。
 それくらい、蒼の作り上げる世界観は、圧倒的だった。
 残響に、支配される。 
 続けて、二曲目を再生。
 昼下がりの窓外に流れる光と、脳内に溢れ出す勢いで真理を伝えようとする音源が、美しく交差していく。

「境界線のない音楽」

 九条の声で、はっきりとその言葉が頭の中で再生された。
 それから、土曜日に、イヤホンで聴いたピアノの旋律も。
 違う。
 九条の作っていた曲は仮のもので、まだ完成していなくて、世に出ているはずがない。

 その週末は珍しくイベントやライブも無い週末で、生活面においては全く学習できていない柚子は、一カ月ぶりに自宅で冷蔵庫の中をまともに見て途方に暮れていた。
 仕事のメールは来るし、電話も来るけれど、物理的に会社に行かなくていい土曜日は、柚子にとって貴重だった。
 今日は、外に出かける気力も起きない。
 すっぴんのまま、部屋でごろごろしていたい気分だ。
 午後になってようやく、溜まっていた洗濯をして、インスタントラーメンにお湯を入れる。
 ニュースくらいは見ようかと、テレビをつけたら時間帯的にバラエティ番組くらいしかやっていない。

 出演者のコメントが流れる。
 司会者が「最近はまってるのは何?」と聞いて、タレントが「蒼さんでーす!」と答えた。

「蒼さんって、なかなか表舞台に出てこないじゃないですか。でも絶対イケメンだと思う! 投稿された動画はシルエットだけだったけど、声もめっちゃセクシーだし」

「確かに声イケメンだよねえ」

「や、だって、特に最近の曲、泣けちゃいますよ!? うまくいえないけど、朝起きて、ご飯食べて、夜眠れなくて——そういう当たり前の感情の中に、恋心が匂わせられてる? そーゆーとこにもセクシーさ感じます。あたし、妄想しちゃえるもん」

 九条の部屋。
 イヤホンを耳につけた瞬間。
 少しだけ近づいた体温。

 柚子は自分に少し呆れながら、テレビを消したにもかかわらず、気が付くとタブレットを引き寄せ、蒼の曲を検索していた。
 代表曲のリストを開いて、一番再生数の多い曲をタップ。
 イントロが流れた。

 違うのに、同じ。

 まさか。

 まさかね。


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