深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
これは後者だ。
新田さんは、この曲を本物として、可能な限り対応するつもりなのだ。
窓のない地下のスタジオで、外の世界が昼を過ぎたのか夕暮れに向かっているのかもわからないまま、職人たちの静かな熱戦は続いていく。
柚子は冷めきったコーヒーを一口飲み、再びガラスの向こう側でマイクに魂を吹き込む少女へと視線を戻した。
レコーディング作業は昼を挟んで、結局日がすっかり落ちるまで続いた。
スタジオの空気は、一度深く潜り込むと時間の感覚を麻痺させる。
地下に設置されたその閉鎖空間からは、地上の空が茜色に染まろうと、完全に夜の帳に包まれようと、それを知る術はない。
ただ機材が発する一定の熱量と、防音壁が吸い込む沈黙、そして繰り返されるメロディだけが世界のすべて。
その日、最後の一音がスピーカーから消え、新田さんが「今日はここまで」と短く告げたのは、夜の八時を回った頃だった。
結局、十七テイク。
一つの楽曲にそれだけの命を吹き込み続ける作業は、想像を絶する消耗を強いる。
ボーカルブースの重い扉が開き、サクラがふらりと出てきた。
「野口さん、ありがとうございました。お疲れ様でした……」
彼女の目の下には、隠しきれない疲労の影が薄く落ちているものの、瞳は達成感で澄んでいる。
「どうでしたか、今の」
不安そうに尋ねる彼女に、柚子は本心を込めて頷いた。
「良かったですよ! 私はとても好き」
本心からの言葉だ。
一人の聴き手としての。
その言葉に、サクラが花開くように微笑む。
「野口さんからそう言ってもらえると、嬉しい」
彼女の明るい声を聞いて、今日一日スタジオにいた意味があると思った。
新田さんとの、今後のスケジュールに関する細かい調整が残っていて、柚子がスタジオを出たのは午後九時過ぎになってしまった。
マスタリングのスケジュール、レーベルへの提出フォーマット、来月のプロモーション会議に向けた資料。
話しながらスマートフォンのメモを更新して、会社に戻るか迷って、結局戻らないことにした。
メールは帰り道で返せるし、と言い訳をしながら。
新田さんは、この曲を本物として、可能な限り対応するつもりなのだ。
窓のない地下のスタジオで、外の世界が昼を過ぎたのか夕暮れに向かっているのかもわからないまま、職人たちの静かな熱戦は続いていく。
柚子は冷めきったコーヒーを一口飲み、再びガラスの向こう側でマイクに魂を吹き込む少女へと視線を戻した。
レコーディング作業は昼を挟んで、結局日がすっかり落ちるまで続いた。
スタジオの空気は、一度深く潜り込むと時間の感覚を麻痺させる。
地下に設置されたその閉鎖空間からは、地上の空が茜色に染まろうと、完全に夜の帳に包まれようと、それを知る術はない。
ただ機材が発する一定の熱量と、防音壁が吸い込む沈黙、そして繰り返されるメロディだけが世界のすべて。
その日、最後の一音がスピーカーから消え、新田さんが「今日はここまで」と短く告げたのは、夜の八時を回った頃だった。
結局、十七テイク。
一つの楽曲にそれだけの命を吹き込み続ける作業は、想像を絶する消耗を強いる。
ボーカルブースの重い扉が開き、サクラがふらりと出てきた。
「野口さん、ありがとうございました。お疲れ様でした……」
彼女の目の下には、隠しきれない疲労の影が薄く落ちているものの、瞳は達成感で澄んでいる。
「どうでしたか、今の」
不安そうに尋ねる彼女に、柚子は本心を込めて頷いた。
「良かったですよ! 私はとても好き」
本心からの言葉だ。
一人の聴き手としての。
その言葉に、サクラが花開くように微笑む。
「野口さんからそう言ってもらえると、嬉しい」
彼女の明るい声を聞いて、今日一日スタジオにいた意味があると思った。
新田さんとの、今後のスケジュールに関する細かい調整が残っていて、柚子がスタジオを出たのは午後九時過ぎになってしまった。
マスタリングのスケジュール、レーベルへの提出フォーマット、来月のプロモーション会議に向けた資料。
話しながらスマートフォンのメモを更新して、会社に戻るか迷って、結局戻らないことにした。
メールは帰り道で返せるし、と言い訳をしながら。