深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
 春には花見客で溢れるこの道も、冬の深夜には柚子と、たまに千鳥足の酔っ払いくらいしかいない。

 それが好きだった。

 誰にも気を遣わなくていい時間。
 仕事用の顔を外していい時間。
 ただの自分に戻っていい、時間。

 自宅マンションの前を当たり前のように通り過ぎて、柚子はいつものように向かいのビルの半地下で営業しているカフェへの階段を降りていた。

『LAMP』という名のカフェは、朝の四時まで営業している。

 マスターの気まぐれで始めたと聞いたが、深夜に行き場のない人間にとっては命綱みたいな場所だ。

「ゆずちゃん、今日も遅かったね」

 カウンターの中で磨いていたグラスをマスターが置く。

 四十代、長身、いつも落ち着いた顔をしている。
 本業は投資家で、カフェは趣味だと言っていた。

 最初にそれを聞いたとき、世界は不公平だと思ったものだ。

「マスターおなかすいた……今日、食べる時間無くて、エネルギーゼリーしか飲んでないんです。それから」

ホットのカモミール(いつもの)、ね」

 柚子は小さく頷き、重いコートを脱いでカウンター席の端に座る。

 奥のソファ席には、売れないお笑い芸人のトシさんが頭を抱えながら台本らしきものを広げていて、その向かいに弁護士の結城さんが高級そうな赤ワインを飲みながら静かに目を閉じている。

「おっ、ゆずちゃんお疲れ! この時間のマスターのラザニアは罪の味だよな! 多分まだ残ってるよ!」とトシさんが台本から顔を上げて笑い、結城さんが「静かにしなさい。せっかくのワインの音を聴いているのに」と目を閉じたまま窘めた。

 いつもの深夜二時。

 ――そこに、見慣れない男の横顔があった。
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