深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
 カウンターの、柚子から二席分空けた場所。
 黒いパーカーのフードを少し深めに被って、コーヒーカップの取っ手を、長く形の良い人差し指で弄んでいる。

 横顔しか見えないけれど、なんとなく、ここの空気に馴染んでいる気がした。

 初めて来た人間は大抵、この店の深夜の密度に少し戸惑う。

 でもその人は違った。
 まるで前からずっと、ここにいたみたい。
 この店の静かな影の一部であるかのような、ひどく落ち着いた座り方。

「新しい常連さんですか?」

 小声でマスターに聞くと、彼は少しだけ意味深に笑って答えた。

「かもね」

 なんだその返事、と思ったけれど、カモミールティーが来たのでそれ以上追及しなかった。

 柚子は温かいカップを両手で包み込み、ゆっくりと目を閉じる。

 立ち上る甘い香りを胸いっぱいに吸い込むと、強張っていた肩の力がふっと抜けた。

 今日のプレゼンの重圧、来週の容赦ない締め切り、まだ返せていない大量のメール。

 全部を一旦、ここに置いていく。

 それがこの店のルールだった。

 誰も明言して決めたわけじゃないけど、ここに集う夜の住人たちはみんなそうしているのだ。
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