深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
 例えば、製作委員会の会議室の一席にトシさんがいて、お互いに『仕事相手』として真面目に話をしなければいけない場面に遭遇したとしたら、やはり柚子もトシさんも、多少の気まずさから会話がぎこちなくなるような気がする。

 笑ってしまうかもしれない。夜の気の抜けた彼しかしらないから。

 その日の夜は、駅前にある整体の帰りに九条と鉢合わせた。
 仕事帰り深夜前位で、駅前の整体院を出たら、入口の脇に九条が立っていた。
 フードを被って、壁にもたれて、スマートフォンも見ずに。

「あれ、九条さん?」

 声をかけると、彼は顔を上げた。

「こんなとこで何してるんですか」

「散歩の帰りですよ」

「えー、寒くないですか?」

「まあ、どこかお店に入るほど長時間居たわけではないですし。こんな時間でも結構皆歩いていますね」

 申し合わせた訳では無いにも関わらず、二人で並んでマンションの方向へと歩き始める。
 深夜の中目黒は表通りはさておき、住宅地にも入ると静かだ。
 たまにタクシーが通るくらい。
 目黒川沿いに出ると風が冷たくて、柚子はジャケットの前を合わせた。

「――体、どこか悪いんですか?」

 相変わらずの無表情だが、九条の声に労りが滲んでいる。

「あー、酷くなる前に直しに行ってるんです。ほっとくと肩と腰がやばくなってしまって……」

「仕事忙しそうですよね」

「うん。週末はライブ入ってるし、平日はスタジオでの立ち仕事が多くて。気づいたら体が死んでます」

 真顔で答えた柚子に、九条は笑う。

「体が死んでる、か」

「笑いごとじゃないですよ。一回ぎっくり腰になってから怖くて……自動販売機でお水買って取り出そうとした瞬間に。若いのにって整体師さんに笑われました」

 川沿いの街灯が水面に映っている。

 音楽の話はしなかった。
 顔見知りレベルの二人が会話する、ありふれた内容。

 健康とか、天気とか、殊更無難な話題だ。
 沈黙の時間の方が多いにも関わらず、苦じゃなかった。

 それに気づいたのは、マンションが見えてきた頃だった。
 同僚やクライアントと歩くときは、沈黙が続くと何か話さなきゃと思う。
 友達とでも、たまに気まずい間があるのに。
 九条と歩いていると、黙っていてるこの瞬間でさえ、呼吸みたいに自然だった。
 なんでだろう、とは思ったけど、理由を考える前にマンションに着いてしまった。

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