深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
信号は相変わらず真っ黒。
至る所で警察官が交通整理のためか、道路の中央に立っているのが見える。
九条は慣れた様子で、ゆっくりとハンドルを切る。
世田谷通りに入ると、軽く渋滞していた。
片側は、地面の隆起の所為なのか、恐らく昨日から停車したままの車両が何台も並んでいる。
成城学園前駅を通過して、細い道を曲がって、また曲がって。
街並みは、おしゃれだけれど裏通りに入れば生活感のある中目黒に比べて、ずっと緑が増え、建物の感覚が広くなっていった。
暫くしてから車が停車した。
大きな門。
九条がリモコンを操作すると、鉄の門がゆっくり開いく。
柚子は、窓から外を見ていた。
玄関までのアプローチに、石畳が続いていた。
両側の植栽にも手入れが行き届いている。
エンジンの音が止まるのと、門が自動で閉まる音が重なる。
柚子は唖然としたまましばらく、降りられなかった。
「……えっと、九条さん」
「はい」
「ここ、九条さんの家ですか」
「そうです」
「成城学園にあるって言ってましたけど」
「うん、言いましたね」
「私、想像してたのと、全然違いました」
九条はハンドルにもたれかかるようにして顔だけ柚子の方に傾ける。
「どんな想像をしてましたか」
「もっと……なんだろ、普通の……」
もごもご答える柚子に対して、九条は悪戯っぽく微笑む。
LAMPでも、今までいた車内でも見たことの無いような表情。
「とりあえず、中に入りますか。寒いので」
「あ、はい」
◇
玄関を入ると、広かった。
エントランスホールの天井は高く、正面に左右に別れた螺旋階段。
右手に見える扉は大きく開いており――電気がついている。
シーリングライトの灯りひとつをこの目で見るという事が、昨日からの二日間でどれだけ特別になっていたか。
「ソーラーパネルが屋根にあるので、電気が使えます。夜は蓄電分があるけど、節電しながら様子見かな。それから食料の方は保存食がメインです。何かアレルギーはありますか」
「ないです」
と答えた瞬間に、柚子のお腹が鳴る。
驚いてお腹に手を当て九条を見上げると、九条もまた珍しく目を丸くさせ、目じりを緩めている。
「うん、お腹、空いてますよね。何か食べましょう。座っていてください」
カウチソファを促され、逡巡してからオットマンの方にちょこんと座る。
壁面には絵画が一枚飾られている。抽象的な絵で、青と灰色が混ざっていた。
問題はサイズで、80号か100号か。
室内の広さはあまり考えたくないが、柚子が一人で暮らしていた8畳とキッチンで構成されていたあの部屋が、三つ以上入りそうだ。
片側の壁面は規則的なスクエア型の飾り棚で埋められている。
古いレコードのジャケット、木彫り猫の置物、レトロなデザインのミニカーなど、九条が好きな物が並べられてるのだろう。
統一性は無いのに纏まっているという印象。
棚のある床の上に取っ手がおれた華奢なデミタスカップが落ちていた。
501号室とは、全然濃度の違う生活感だった。
黒いパーカー、ノートが広げられた机、ギターにキーボード。
あの部屋存在していたのは、すべて仮のものだったという事実を突きつけられている。
当たり前だ。本人がそう言っていた。仮の仕事場、と。
ここが、本来の九条が居るべき場所。
天井まで届く窓の向こうに見える庭と高い塀。
冬枯れの庭に白いガーデンチェアが寒々しく置かれてある。
キッチンにいた九条が、顔を覗かせる。
「こちらに、どうぞ」
言いながら、対面カウンターの足の長い椅子を引いてくれた。
柚子は自分をこうしてエスコートしてくれた存在が、この場所に住んでいることを、まだうまく処理しきれない。
至る所で警察官が交通整理のためか、道路の中央に立っているのが見える。
九条は慣れた様子で、ゆっくりとハンドルを切る。
世田谷通りに入ると、軽く渋滞していた。
片側は、地面の隆起の所為なのか、恐らく昨日から停車したままの車両が何台も並んでいる。
成城学園前駅を通過して、細い道を曲がって、また曲がって。
街並みは、おしゃれだけれど裏通りに入れば生活感のある中目黒に比べて、ずっと緑が増え、建物の感覚が広くなっていった。
暫くしてから車が停車した。
大きな門。
九条がリモコンを操作すると、鉄の門がゆっくり開いく。
柚子は、窓から外を見ていた。
玄関までのアプローチに、石畳が続いていた。
両側の植栽にも手入れが行き届いている。
エンジンの音が止まるのと、門が自動で閉まる音が重なる。
柚子は唖然としたまましばらく、降りられなかった。
「……えっと、九条さん」
「はい」
「ここ、九条さんの家ですか」
「そうです」
「成城学園にあるって言ってましたけど」
「うん、言いましたね」
「私、想像してたのと、全然違いました」
九条はハンドルにもたれかかるようにして顔だけ柚子の方に傾ける。
「どんな想像をしてましたか」
「もっと……なんだろ、普通の……」
もごもご答える柚子に対して、九条は悪戯っぽく微笑む。
LAMPでも、今までいた車内でも見たことの無いような表情。
「とりあえず、中に入りますか。寒いので」
「あ、はい」
◇
玄関を入ると、広かった。
エントランスホールの天井は高く、正面に左右に別れた螺旋階段。
右手に見える扉は大きく開いており――電気がついている。
シーリングライトの灯りひとつをこの目で見るという事が、昨日からの二日間でどれだけ特別になっていたか。
「ソーラーパネルが屋根にあるので、電気が使えます。夜は蓄電分があるけど、節電しながら様子見かな。それから食料の方は保存食がメインです。何かアレルギーはありますか」
「ないです」
と答えた瞬間に、柚子のお腹が鳴る。
驚いてお腹に手を当て九条を見上げると、九条もまた珍しく目を丸くさせ、目じりを緩めている。
「うん、お腹、空いてますよね。何か食べましょう。座っていてください」
カウチソファを促され、逡巡してからオットマンの方にちょこんと座る。
壁面には絵画が一枚飾られている。抽象的な絵で、青と灰色が混ざっていた。
問題はサイズで、80号か100号か。
室内の広さはあまり考えたくないが、柚子が一人で暮らしていた8畳とキッチンで構成されていたあの部屋が、三つ以上入りそうだ。
片側の壁面は規則的なスクエア型の飾り棚で埋められている。
古いレコードのジャケット、木彫り猫の置物、レトロなデザインのミニカーなど、九条が好きな物が並べられてるのだろう。
統一性は無いのに纏まっているという印象。
棚のある床の上に取っ手がおれた華奢なデミタスカップが落ちていた。
501号室とは、全然濃度の違う生活感だった。
黒いパーカー、ノートが広げられた机、ギターにキーボード。
あの部屋存在していたのは、すべて仮のものだったという事実を突きつけられている。
当たり前だ。本人がそう言っていた。仮の仕事場、と。
ここが、本来の九条が居るべき場所。
天井まで届く窓の向こうに見える庭と高い塀。
冬枯れの庭に白いガーデンチェアが寒々しく置かれてある。
キッチンにいた九条が、顔を覗かせる。
「こちらに、どうぞ」
言いながら、対面カウンターの足の長い椅子を引いてくれた。
柚子は自分をこうしてエスコートしてくれた存在が、この場所に住んでいることを、まだうまく処理しきれない。