深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
 翌週、LAMPで顔あわせた九条は、開口一番「整体、行ってみましたよ」と、柚子に声をかけてきた。

「わ、どうでした?」

「確かに効きました。担当の人に肩が岩みたいだって言われました」 

 トシさんが「岩!」と笑い、マスターが「長年蓄積したものがあるんじゃないですか」とのんびり続ける。
 結城さんが「職業病というやつですね」とワインを飲みながら言って、九条は「まあそうですね」と答える。

 デスクワークなのかな。
 どんな仕事をしているのかは、まだ誰も知らないはずなのに。

 一瞬だけ、疎外感が過ぎる。

 マスターは、それぞれの客の事情を知っているかもしれないけれど。

 この日感じた違和感の正体に、柚子が気が付くのには、もう少し時間がかかった。

★ 

 年末進行の絶頂期に、柚子は仕事でひとつ壁にぶつかっていた。

 今年度柚子が担当している三人のアーティストのうち、一人のアルバム制作が難航しているのだ。
 製作チームは良いものを作ろうとしているのに、レーベルの意向と噛み合わない。
 ついでにいうとジャケットデザインも、暗礁に乗り上げている。

 柚子は彼らの間に挟まれて、毎日誰かと電話していた。

 いつもよりかなり遅い時間にLAMPに滑り込むと、カフェの客はは九条しかいなかった。

 マスターが「今日は早めにみんな帰っちゃって」と言った。

「いつものお願いします」と言ってカウンター席に座ると、九条が「野口さん、物凄く疲れた顔してますよ」と頬杖を付いたまま視線を寄こす。

「うまくいかないことがあって」

 柚子はカモミールティーが来るまでの間、深夜を問わず飛んでくるSMSの通知をじっと見つめていた。

「愚痴ってもいいですか?」

「もちろん」

「誰かを傷つけないようにしながら全員が納得できるゴールを探すのが、A&Rの仕事の半分なんですけど」

「残りの半分は?」

「好きな音楽を世の中に出すことです」

 九条はコーヒーカップを持ったまま、柚子の話を一通り聞きながら、自分の手元に視線を落とした。

「アーティストさんって、自分の音楽が正しいと思っているから、周りと衝突するのかなあって」

 柚子の呟きを、九条の静かな声が受け止める。

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