深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
「そうじゃないと思います。自分の音楽に一番疑問を持ってるのはアーティスト自身だと思うので」

「んー、どういう意味ですか」

「一番、自分の音楽を聴いてるのはアーティスト自身じゃないですか。だから一番よく聴かせたいし、一番ちゃんと届けたい。でもそれがうまくいかないと、もっと追いかけたくなる。それが周りには頑固に見えることがある、と言うか……」

 九条の話は、なんとなく分かる。
 それから、彼の話しぶりだと、やはり作り手側の感覚に近い。

「九条さんって……」

「まあ、俺も好きですから。モノヅクリ」

 マスターは涼しい顔でグラスを磨いている。
 結局、それ以上、仕事の話が続けられる事はなかった。

 少しだけ愚痴っただけなのに、さっきよりだいぶ気持ちが楽になっている。

 とはいえ、問題が解決したわけじゃない。
 誰かに、話したら少し軽くなっただけのこと。
 それが、この深夜カフェの役割でもある。

「なんか、ありがとうございます」

「何もしてないですよ」

「聞いてもらっただけでも、嬉しいです」

 九条は柚子の視線を受け止め、口の端をやや持ち上げる。

「今日は早めに帰ろうかな。マスターお会計お願いします!」

 九条は、またノートやタブレットを開いて作業に戻っている。
 立ち上がる気配は無さそうだ。
 一緒に帰れるかな、と期待してしまった自分の気持ちをどうにか宥めつつ、地上へと向かう。
 冴え冴えとした空気に、頬をぴしゃりと撃たれたような感覚を覚える。
 ポケットの中では、スマートフォンが通知を知らせている。

「よし、頑張ろう」

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