深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
 年の瀬が近くなった頃、柚子はようやく担当アーティストの問題を一つ解決した。
 もちろん、全員が完全に、問題解決策に納得したわけじゃない。
 けれど、前に進むという、確実なみちゆきが見えている。
 柚子は、皆の仕事納めの話を聞きながら、久しぶりにアルコールを口にしていた。
 平日は、あまり飲まないようにしている。
 お酒にそこまで強い方では無いし、朝起き上がれなかったら困るから。

 べろべろに酔っぱらったトシさんを、結城さんが奥のソファに転がしに行っている。
 香奈さんが洗い物を担当していて、そのサポートをしていた柚子は、テーブル席の空いた食器を取りに行く。
 マスターと二人で何か話しこんでいた九条が、柚子の姿を見て、不自然に口を閉じた。

 なんとなく、仲間外れにされたような空気感。
 柚子は少しだけ口を尖らせた。

「何の話してたんですか」

 LAMPでは、詮索は禁物。
 公然とルール違反を犯した柚子は、慌てて「なんでもないです」と言いながら、皿を片付け始めた。

 九条が珍しく、苦笑するように「音楽の話ですよ」と言葉を紡ぐ。

「野口さん、もしかして酔っぱらっていますか?」

「んー、どうでしょうか。足はふらつきません」

「それなら、よかったけど……後で一緒に帰りましょう。心配なので」

 安心感のする音程でつむがれる言葉。
 今、すごく嬉しい事を言われてしまったと、遅れて自覚した柚子は、照れ隠しにテーブル上を片しながら「はーい」と踵を返した。

 実際には彼のことを、ほとんど何も知らない。
 苗字しか知らない。
 昼間に、何をしているのかも知らない。
 どこから来たのかも、なんで隣の部屋に住んでいるのかも。

 今日一日で、何人にも「お疲れ様でした」「頑張りましたね」と言われた。
 でもそのどれより、九条の言葉の方が、ずっと胸に響いた。

 柚子は答えの出ない問いを抱え、持て余してしまう。
 思考を放棄するのは悪い癖だと思いながら、LAMPは行き場のない思考を置いて行ける場所だから。

 ふわふわとしたまま、その日の夜は、ちゃんと帰った気がする。

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