深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった


 大晦日の夜。
 年末年始くらい帰省すればいいのに、と親から小言を言われていたが、年末進行をなんとか乗り切ったばかりで体が動かなくて、今年は無理だと伝え、中目黒に残っている。
 短い冬期休暇に突入して、だらだらと過ごす日々。

 その年最後の日だというのに、カフェLAMPには相変わらずいつもの面子が顔を揃えている。

 それが何だか面白くて笑ってしまった。
 もちろん、自分もまちがいなく、このおかしい場面の構成員だ。

「えー皆さん、実家とか帰省しないんですか」

「帰るとこがない人たちが集まってるからね!」

 トシさんの言葉を受けて、マスターが続ける。

「帰れない人も含めて」

 年末年始の都心は、驚くほど静かだ。
 とはいえ、中目黒は観光地でもあるため、酔っぱらいの集団が喧騒を散らしているのも、ぽつぽつと見かける。

「九条さんも年越しはここですか」と柚子が聞いた。

「うん、ここで越します」

「大丈夫ですか? なんか樽酒用意されてますけど……皆飲む気満々ですよね……」

「野口さんも?」

「もちろん! 大晦日ですし。飲んじゃいます!」

 九条が店で、酒を嗜んでいる姿を見た事が無い。
 カウンターの上に、カウントダウンと共に割る予定らしき、ミニサイズの樽酒が準備されている。

 結城さんが、グラスを二つ、柚子と九条の前に置いた。

「よーし今日は、飲もう。二人とも」

「結城さん、いつも飲んでるじゃないですか」

「それはそれ、これはこれ。今年の締め酒ってことで」

 十二時になると、マスターが店内BGMを兼ねて流していたラジオ番組の音量を少し上げる。
 カウントダウンが始まって、みんなで数えて、ゼロになった瞬間にトシさんが「あけましておめでとうございます!」と叫んだ。

 仕事帰りによれよれで現れたばかりの医師の橋爪さんが「うるさい」と言いながらクラッカーを鳴らす。
 マスターが全員にシャンパンを、一杯ずつ配る。

 樽酒の中身は日本酒では無く、シャンパンだったのだ。

「今年も、時間と空間を共有できることに、乾杯」

 マスターの音頭で、皆のグラスが合わさる音の隙間、柚子は九条と目が合った。
 彼はそのまま、柚子に視線をあてたまま、グラスを傾ける。

 それからだ。
 たぶんあの日、を境界にして。

 柚子は自分が見ている世界が、確実に変わったことに気づいた。

 起き上がって、顔を洗って、コーヒーを淹れながら、今夜九条がカフェに来るかな、と考えていた。
 仕事のことを考えるより先に、彼がカウンターでノートに何か記している姿が頭に浮かんだ。

 これは、まずい、と思った。

 それなのに……まずいと思っている自分が、少しも嫌じゃなかった。
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