深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
夜になり、恐らく彼女がゲストルームのベッドで眠りについたあと。
九条は一人、仕事場である書斎にこもる。
五線譜の上には、今日の午後から書き連ねてきた音符の断片が並んでいる。
まだ完全な形にはなっていない。
けれど、彼女がこの家に来てからというもの、筆の進みは驚くほど速い。
まとまりかけては、また新しい響きが生まれる。
その繰り返しが、今は心地よい。
キーボードで音を取り、ギターの弦を弾き、カモミールの続きを進めていく。
やがて、一番難しく、一番深く沈み込むはずの3コーラス目。
構成上は、偶然にもかつて彼女が「好きだ」と言ってくれたのと同じ、3コーラス目。
今までどうやっても埋まらなかったその空白の小節に、心の奥から、驚くほど自然に、美しくも切ない旋律が溢れ出してきた。
――ああ、そうか。
九条は、鍵盤に指を置いたまま、静かに目を閉じた。
あの付箋のメモを書いた張本人が、今、同じ屋根の下で、自分の淹れた茶を飲み、自分の作った飯を食い、無防備な寝顔を見せて眠っている。
この幸福が、曲にならないはずがなかった。