深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
 「私、全然できなくて……炊飯器も持ってません」

 柚子の言葉に、九条が若干目を丸くさせる。

 これは引かれたかな……?
 自分から料理できません、アピールをする必要も無いのに。
 
「まあ、一人暮らしで仕事をしながら料理まで、というのは確かに難しいですよね」
 
「あはは、言い訳ですけどね」
  
 昼間にビールを飲む、という行為も、柚子には久しぶりすぎる。
 
「今年は、どんな仕事が多いんですか」
 
「今担当してるアーティストのアルバムを仕上げるのが、最優先です。タイアップの話もいくつか進んでいて、同時進行中」
 
「――レコード会社のタイアップ、というのは」
 
「えーっと、映画とかドラマの主題歌に人気アーティストの作品をあてるんです。今は、動画配信サイトの限定ドラマ系のが多いですけど」
 
 九条はビールを一口のむ。
 ごくりという音と、動く喉仏に、思わず目を奪われてしまう。
 
「どんなドラマですか」
 
「うーんと、今回のは、こういう街が舞台なんです。……制作発表前なので、曖昧な感じでしか言えなくてすいません」
 
「こういう街、か」
 
 九条が考える様な仕草で、窓の外に視線をやる。
 
「九条さんはこの街、どう思います?」
 
「そうだな……。来て正解だったと思ってます」

 この街が好き、ではなくて、来て正解だった、という言い方は、変である。
 とはいえ、何がどう変なのかうまく言語化できなかった。

「タイアップの話なんですけど、野口さんだったら——そのドラマの劇伴(サントラ)は、どんな曲が合うと思います?」
 
「どんな曲……言葉にするのはちょっと難しいんですけど、例えば……主人公の日常に寄り添う感じの。お腹が空いたとか、疲れたとか、でも明日も頑張ろうとか―——そういう当たり前の感情を肯定してくれるような曲」
 
「この前話していたアーティストさんの曲みたいな感じってこと?」
 
「ニュアンス的にはそうです! でも主題歌は、別の方に依頼済みで、仮発注はしてあるので、あとは受注していただけるのを待つだけで……」

 九条の視線が柚子を真っすぐに捉えている。
 なんか、圧迫面接みたい。と一瞬だけ考えてしまう。
 九条はグラスを置くと、ソファから立ち上がる。
 
「良かったら、聴いてみてほしいものがあるんですが」
 
「え?」
 
「今、俺が作っているものの途中なので、完成じゃないですけど」
 
 九条が自分から何かを見せようとしたのは、初めてだ。

 やっぱり音楽を創る人なんだ! 
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