深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
帰宅する前に、結局、LAMPに吸い寄せられるといつもの顔が揃っていた。
カウンターに座って、柚子はただの世間話として軽く口にした。
「ねえトシさん、蒼って知ってます? 作曲家さん」
何気ない柚子の一言で、店内の空気が、一瞬変わった気がした。
気のせいかもしれないけれど。
「知ってるよ」とトシさんが答える。
声のトーンはいつもと変わらない。
「でも、なんでいきなり?」
「うーん、プロフィールほとんど公開してないから。ちょっとちゃんと聴いてみようかなと思って」
マスターがグラスを磨く音だけが続いた。
九条はいつもの席で、カウンターに頬杖を付いている。
開かれているノートは白紙で、ペンを持つ手が、トントンとゆっくりとリズムを刻んでいる
「九条さんは、蒼の音楽聞いたことありますか?」
ようやくこちらをみた九条の瞳に、店内の仄かな明かりが映りこんだ。
「有りますよ」
「すごい売れてるのに、私、ちゃんと聴いたことなくてお勧め有りますか?」
「――全部」
少し低めの声が、柚子の耳元に忍び込んでくる。
「えー何曲くらいあるんだろう……」
「一番お勧めは、『残響』ってやつです」
「どんな感じの曲ですか?」
「静かで、有り触れている感じ……かな」
言い返しながら、先週、九条のスマートフォンから流れてきたあの旋律が、一瞬頭をよぎる。
カモミール、という仮タイトルをつけていたあの曲。