深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
 さらりと綴られたその言葉の熱に、柚子の指が止まる。

 正式に、恋人同士として付き合い始めて1ヶ月。

 かつてLAMPのカウンターで彫像のように静まり返っていた九条は、少しずつ、その内に秘めた体温を露わにするようになっていた。 

 迎えに行く、送っていく。
 そんな彼の過保護なまでの優しさに、柚子は戸惑いながらも、結局は甘んじてしまうことが多かった。

 東京駅に到着したのは、深夜十一時過ぎ。
 改札を出ると、人混みの中で一際目を引く、黒いコート姿の九条が立っていた。
 いつもより少しだけ背筋を伸ばした彼の佇まいは、どこか男としての意志を感じさせた。

「お疲れ様でした」

「ありがとうございます。わざわざ、本当に……」

「わざわざじゃないですよ。打ち上げをしましょう、二人だけで」

 九条は流れるような動作で柚子のキャリーバッグを受け取った。
 今回、彼はイベントの直接的な関係者ではない。
 それなのに「打ち上げ」だなんて、と柚子が可笑しそうに指摘すると、彼は少し真面目な顔をして「僕にとっては、あなたを迎え入れることが大事な仕事ですから」と静かに言った。

 駐車場に停められていた車は、夜の湾岸道路を滑るように走った。
 ゲートブリッジを渡り、レインボーブリッジの光が黒い水面に揺れるのを、柚子は助手席から眺めていた。

「サクラさんのステージ、どうでしたか」

「よかったです。……袖で見ていて、泣きそうになりました。自分の仕事に意味があったんだって、教えられた気がして」

「そうですか」

「三都市回って、名古屋が一番でした。慣れてきた分、彼女に自由な余白が出てきて……そこに、なんていうか、どーんって彼女らしさが」

 九条はしばらく黙ってハンドルを握っていたが、やがて深く、温かな声で言った。

「気持ちに余白が生まれたとき、そこに本当に作りたかったものが流れ込んでくる。今の俺が、そうであるように」

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