深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
 ――私、大丈夫じゃ、ない。

 スタジオの事、帰り道の事、コンビニの事、部屋の事。
 一人でいるのがしんどくて、鍵をかけて出てきた。
 その事実が、今更表側にのそりと出てくる。

「ゆずちゃん、自分の部屋は見て来た?」

 マスターの声が、静かに落ちていく。
 柚子は、気を抜くと零れそうになる涙をこらえながら、小さく頷く。

「……テレビが、床に落ちていて。食器ばりばりで、洗面所が水浸しで」

「怪我は?」

「してないです。仕事でしたし……部屋にいなかったので」

 マスターがカップを寄こしてくれる。
 お湯は電気なしでは沸かせない所為か、常温のお茶だった。
 九条は、部屋に居たのだろうか。
 それとも、ここに居たのだろうか。

 いろいろな考えが頭を過ぎていく。
 それを押しのけるように、スマートフォンの通知も、鳴り続けている。

 橋本:真下さん会社に帰った方がいいかもしれませんよ。大門からなら
 真下:そろそろ息子が児童クラブから帰る時間なんですが、送迎頼んでいる親ともまだ連絡取れず、心配なんで

 真下は奥さんを亡くして、息子さんと二人暮らしをしているシングルパパだ。
 ご両親は存命で、近くに住んでいるから、かなり助けられているという話をしていたのを思い出す。

 柚子はそのメッセージを見て、念のため両親に連絡を入れようとしたが、相変わらず電話回線は繋がらない。
 
「あの……同僚が一人、大門から歩いてこっちに向かってるんですけど。ここで休ませてもらっても大丈夫そうですか。彼の家町田なんです」

「もちろん」とマスターが言った。

「え、町田まで歩くつもりだったんですか?」

「お子さんが一人でいるみたいで、絶対帰りたいんだと思います」

「あー自転車、速攻売切れてましたよ、環七もめっちゃ渋滞してたし、真っ暗な歩道みんな黙々と歩いてて、俺、怖くなってシフトじゃないのにここ来ちゃった」

 レイ君の語る光景は、先程、柚子も見た光景だ。

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