深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
 真下がLAMPに現れたのは、一時間ほど後だった。
 扉を開けて入ってきた顔は、流石に疲労が滲んでいる。

「あー、野口さん、本当に助かりました! 会社は帰宅困難社員でいっぱいだったんで。それに、想像以上に近いですね恵比寿と中目って」

 三十二歳、営業部の真下悠人。
 背が高くて、声が明るい。
 どんな状況でも笑顔が崩れない人で、社内ウケも社外ウケも良い。

「息子さん、無事で良かったです」

「ほんとに。うちの両親と合流できて。電話繋がった瞬間、声聞いてちょっとやばかったですよ」

 真下はカウンターに座って、マスターが渡したペットボトルの水を受け取り「助かります!」と少し掲げる。

「非常用のウイスキーでも出しますか」

「非常用のウイスキーって何ですか」

 緩衝材と格闘していたらしきレイ君が顔をあげる。

「いざというときのために取ってあるウイスキーです」

「それ、今じゃなかったらいつ出すんですか!? 今こそ『いざ』」

「確かにね」とマスターはのんびり言って、棚の奥からボトルを出した。

 停電がいつ復旧するか。
 電車はいつ動くか。
 大門から中目黒まで歩いてきた道の話。
 コンビニの棚が空だった話。

 九条は基本的に聞いている側だったが、真下が「このあたりに住んでるんですか」と聞いたとき「野口さんと同じマンション住まいなんです」と答えた。

「おお」

「隣の部屋です」

「仲良しってやつですか?」

 いやらしい言い方じゃない分、素直すぎる問いに、どきりとする。
 柚子は慌てて「最初はカフェで顔見知りになって、まあそれくらいなんですけど」

 九条は慌てる柚子の横で、考え込むような顔をしている。

 マスターだけが、忍び笑いをひとつ漏らした。
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