深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
キッチンは真下が親切にも片付けてくれたため、柚子の部屋で今一番ひどく荒れ果てているのは洗面所。
雑巾など残念ながら、持ち合わせていない。
いつか着ようと思いながら捨てられなかったTシャツを犠牲にして、床を拭き上げる。
浴槽に半分ほど残った水は、もしかしたらトイレを流すのに使えるかもしれない。
とはいえ、今の状況でトイレを使用するのは、正しい判断なのだろうか。
漏水でもしていて、階下に被害を及ぼしてしまったら。
迷いながらも、結局残り湯はそのままにしておいた。
エントランスに降りていくと、住人たちの声がいくつも重なって聞こえてきた。
管理人がその中央で、困りながら説明している。
水道管が破裂し地下の配管がやられていて、エントランスの一部と低層階に漏水被害。
住人の誰かが「いつ直るんですか」と質問している。
「現時点では未定です。業者にもまだ連絡が繋がっていないのが現状です……」
電気が戻っていない上に、水も出ない。
モバイルバッテリーも、あと一、二回充電できるかどうかという残量。
わりと絶望的なライフラインに、ただただ呆然とするしかない。
水も昨日買えたやつと、LAMPで貰ったペットボトルが二本。
チョコレートはもう食べてしまったし……。
非常持ち出し袋の中に、クラッカーくらいは残っていたかな。
仕事はスマートフォン一本でこなすしかないが、バッテリーが持つか分からない。
一応手持ちの非常食は、と考えて、棚の奥を探してみると、カップラーメンが二個。
缶詰が一個。
これだけでは、三日以上は、絶対に持たない気がする。
午前中は、スマートフォンで仕事の連絡を取り続けることで終わった。
サクラは無事か。
新田さんは。
担当アーティストたちは。
社内の皆は。
関係各所にメッセージを送り、返事を待つ。
柚子の知人関係は、捻挫した一人を除いて、それ以外大きな怪我をした人はいなかったようだ。
中目黒の街は、昨晩よりも出歩いている人の数が少ない。
コンビニとスーパーに一応向かってみたけれど、コンビニは営業停止中。
スーパーは店舗の前で臨時の会計が設置されてあるものの、長蛇の列。
LAMPはというと、日頃から昼営業はしていない。
帰宅困難者の人たちを送り出した後、マスターとレイ君は無事に帰れたのだろうか。
お腹が空いたな……。
カップラーメンを食べようとして、お湯を沸かすためにも、水が必要であることに今更ながら気が付く。
風呂の残り湯を使うのは流石に……無理。
キッチンの物入れの奥の方から救出したサバ缶詰を開けかけた瞬間、スマートフォンが通知を知らせる。