深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
 夕飯の食卓は、これまでにないほど静まり返っている。
 九条の作る料理は相変わらず完璧で、丁寧だった。
 彼が発する言葉の数が、いつも以上に極端に少ない。
 カチャリ、と食器の触れ合う音だけが響く中、柚子はその重苦しい空気に耐えきれず、そっと口を開いた。

「九条さん、今日の打ち合わせ、どうでしたか」

「……問題ないです」

「そういえば、真下さんとは、地震の夜ぶりでしたね。覚えてました?」

 柚子が何気なく投げかけた言葉に、九条の箸がぴたりと止まった。

「覚えています。忘れるはずがありません」

 短い返答の中に、鋭い何かが混じっている。
 九条の表情は平時と変わらないが、纏う空気は明らかに固い。

「九条さん、何かありましたか?」

「ないです」

「本当に?」

「何も」

 嘘だ、と柚子は直感した。
 
 移動の際、真下から「蒼さんは話しやすい人で良かった。主題歌の件、野口さんも知らなかったなんて意外ですね」というメッセージを受け取っていた柚子は、九条の頑なな態度を思い返す。

 車内での刺すような視線。
 九条が静かに抱えていたあの不機嫌と、真下の名前。
 そのすべてが、あの地震の夜、自分の部屋に真下を泊めたあの出来事に端を発しているのだとしたら。

 柚子はまだ知らない。
 九条奏翔という男の中に、歪なほど純粋な独占欲が眠っていることを。
 そして、その独占欲こそが、彼にふたたび「歌う」という選択をさせた原動力であったことも。
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