深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
 確認すると、昨晩念のために連絡先を交わしておいた九条からのメッセージだった。

 知り合って数ヵ月、しかもたった一度とはいえ、自宅にもお邪魔して食事を共にした相手のフルネームを今更ながらに知る。

 九条奏翔。
 くじょうかなと。くじょうかなで、って読むのかな?

 九条:野口さん今家にいます? 食料とか大丈夫ですか?

 何かを期待していた訳では無いのだが、淡々と綴られる文字には、甘さのひとつも含まれていない。
 柚子もなるべく事務的に、言葉を返す。 

 野口:缶詰が一個と、カップラーメンが二個あるんですが、お水がなくてどうしようかなと思っていたところです

 即既読が付き、メッセージが続けて届けられる。
 
 九条:よかったらうちに来ますか
 九条:あ、うちと言っても、501号室じゃなくて

 柚子はトーク画面を眺めたまま、少し首を傾げた。

 501号室じゃなくて?

 九条:成城学園に自宅があります
 九条:そこは仮の仕事場として借りているだけなので
 九条:こちらはソーラーパネルがあるので電気は使えます
 九条:貯水タンクもあるので水も大丈夫
 九条:食料も多少あるかと

 柚子はスマートフォンを持ったまま、しばらく動けなかった。

 記録として残っている単語の幾つか。

 成城学園。
 ソーラーパネル。
 貯水タンク。
 柚子の隣室は、仮の仕事場。

 ――この人はいったい誰なんだろう。

 そんな疑問は、空腹の胃の奥に忽ち消えていく。
 今はそんなことより、食糧の確保が先決。

 疑問と不思議な気持ちが半々で混ざり合う中、柚子は返事を打つ。

 柚子:お言葉に甘えます

 九条からは「三〇分後に車で迎えに行きます。着替えは何日か分あった方が良いです。エントランスで待っていてください」という返事が最後で、柚子が返した「ありがとうございます、助かります」というメッセージには既読マークがついただけだった。

 言われた通りの着替えと充電器、それから仕事関連の資料を大きめのトートバッグに詰めていく。

 昨晩メイク落としで軽く顔を拭いただけの自分の顔が、鏡の端に映っているのが見えて、慌てて日焼け止めクリームとパウダーをはたいた。

 顔も頭も洗えていない悲惨な状態の柚子を見た九条は、どんな印象を受けるだろうか。

 と、なぜか落胆してしまう自分に気が付いて「いや、そういうのじゃないし」と独り言を零した。
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