深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
それに対する九条の反応に、柚子の心臓が微かに痛む。
九条は驚いたように少しだけ目を丸くし、それから——これまで一度も見たことのないような、懐かしさと親愛の混じった柔らかな表情を見せたのだ。
「……野口さん?」
目の前の担当者が、返事の途切れた柚子の顔を覗き込んだ。
「あ、すみません。……続けてください」
慌てて視線を資料に戻したが、一度乱れた動悸は収まらなかった。
昨日、自分の事を時間をかけ丁寧にそして少し意地悪く抱いた彼が、今、自分には見せたことのない種類の微笑みを別の女性に向けている。
仕事上の儀礼的な笑みには見えない。
過去を共有している者同士の顔だった。
華やかな宴会場の喧騒が、遠くの波音のように遠ざかる。
さっきまで完璧だったはずの仕事用の仮面が、内側からじわりと熱を帯びていくのを、柚子は止めることができなかった。
レセプションに切り替わり、会場の空気はよりいっそう密度を増していく。
公式な発表が終わった解放感と、人脈を広げようとする招待客たちの野心が混ざり合い、あちこちでグラスの触れ合う音が響く。
柚子は半分ほど残ったドリンクを手に、仕事相手を探して会場を移動していた。
そのとき、喧騒の隙間から、今の自分にはひどく遠く感じる声が鼓膜を打った。
「カナデくん……じゃなくて、蒼くんか。本当に変わらないね。今、何歳になったの?」
その声の主を確認するまでもなく、柚子の足は止まった。
人混みの向こう、少しだけ照明の落ち着いた壁際で、渡会麗子と九条奏翔が向き合っていた。