深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
 玄関を入ると、外観通り予想を裏切らないくらい、広かった。

 エントランスホールの天井は高く、正面に左右に別れた螺旋階段。
 右手に見える扉は大きく開いており――電気がついている。

 シーリングライトの灯りひとつをこの目で見るという事が、昨日からの二日間でどれだけ特別になっていたか。

「ソーラーパネルが屋根にあるので、電気が使えます。夜は蓄電分があるけど、節電しながら様子見かな。それから食料の方は保存食がメインです。野口さんは何かアレルギーはありますか」

「ないです」

 と答えた瞬間に、柚子のお腹が鳴る。
 驚いてお腹に手を当て九条を見上げると、九条もまた珍しく目を丸くさせ、目じりを緩めている。

「うん、お腹、空いてますよね。何か食べましょう。座っていてください」

 カウチソファに促され、逡巡してからオットマンの方にちょこんと腰を下ろす。
 なんだかとても落ち着かない。

 壁面には絵画が一枚飾られている。
 抽象的な絵で、青と灰色が混ざっていた。

 問題はそのサイズで、80号か100号くらい。

 室内の広さはあまり考えたくないが、柚子が一人で暮らしていた8畳とキッチンで構成されていたあの部屋が、三つ以上入りそうだ。

 片側の壁面は、規則的なスクエア型の飾り棚で埋められている。
 古いレコードのジャケット、木彫り猫の置物、レトロなデザインのミニカーなど、九条が好きな物が並べられてるのだろう。

 統一性は無いのに纏まっているという印象。

 棚のある床の上に、取っ手が折れてしまっている華奢なデミタスカップが落ちていた。
 
 501号室とは、全然濃度の違う生活感だった。

 黒いパーカー、ノートが広げられた机、ギターにキーボード。
 あの部屋に存在していたのは、すべて仮のものだったという事実を突きつけられている。

 当たり前だ。
 本人がそう言っていた。
 ――仮の仕事場、と。

 ここが、本来の九条が居るべき場所なのだ。

 天井まで届く窓の向こうに見える庭と、高い塀。
 冬枯れの庭に、白いガーデンチェアが寒々しく置かれてある。

 キッチンにいた九条が、顔を覗かせる。

「こちらに、どうぞ」

 言いながら、対面カウンターの足の長い椅子を引いてくれた。
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