深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
華やかな宴が終わり、深夜の六本木を離れた九条が運転する車内は、重苦しい沈黙が支配していた。
街灯の光が規則正しくフロントガラスを横切り、九条の整った横顔を交互に照らし出す。
カーブを切るたび、柚子の心は揺れ、削られ、言葉にできない澱が溜まっていく。
柚子は助手席の窓に額を寄せるようにして、流れていく夜景を見つめていた。
ただ低いエンジン音だけが二人の間を埋めている。
沈黙を破ったのは、柚子の方だった。
「さっきの方」
「ん?」
「あの……渡会さんと、もしかして……親しいんですか」
九条は視線を正面に向けたまま、一呼吸置いた。
「そうですね。昔、少し」
「どのくらい昔ですか」
「……二年くらい前ですよ」
「どのくらい親しかったんですか」
九条の指が、ハンドルをわずかに強く握り直した。
「彼女とは、お付き合いしていました」
心臓の奥を、冷たい針で刺されたような感覚。
そうか、としか思えなかった。
完璧な美しさを誇る女優が、かつて自分と同じ場所にいた。
自分と同じように、彼の視線を独占していた。
その事実は、柚子が守ろうとしていた、今をあまりにも簡単に無効化していく。
「言っておくべきでしたか」
「いえ……別に。過去のことですから。色々あると思います。ごめんなさい」
「柚子さん」
「大丈夫です」
「大丈夫。じゃない顔を、しています」
「大丈夫ですってば」
声が刺々しく尖るのを止められなかった。
情けなくて、惨めで、そんな自分を隠したくて、柚子はさらに窓の外へ視線を追いやった。