深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
柚子は、手元にあるカモミールティーの最後の一口を飲み干した。
喉を通る温かさが、先ほどまでの激しい動揺をゆっくりと溶かしていく。
隣では、九条がソファに深く背を預け、薄暗い庭を窓越しに見つめていた。
雨粒がガラスを叩く規則的な音が、二人の間に流れる沈黙をいっそう深いものにしていた。
「奏翔さん」
呼びかける声は、自分でも驚くほど小さかった。
「今日、一日、どうでしたか」
九条はすぐに答えず、視線を窓の外に置いたまま、数秒の間を置いた。
「……早く、柚子さんのところに行きたい。それだけを考えていましたよ。誰かとの会話の続きも、向けられた視線の意味も、今の俺には何の価値もなかったから」
その言葉には、嘘偽りのない硬質な響きがあった。
柚子は空になったカップをローテーブルに置くと、所在なさに耐えかねて立ち上がろうとした。
今の自分には、彼のあまりにも真っ直ぐな愛が眩しすぎて、直視できなかったからだ。
不意に、強い力が手首にかかった。
九条の手が、逃げることを許さないと言わんばかりに、柚子の細い手首を掴んでいた。
「どこに行くんですか」
「……部屋に、戻ろうかと。夜も遅いですし」
「まだ、話が終わっていません」
「全部、話してくれましたよね。渡会さんのことも、あなたの過去も」
「俺の話は終わりました。ですが――」
九条がゆっくりと顔を上げ、柚子を見上げた。
その瞳は、いつもの完璧な紳士のそれではない。
どこか渇望を湛え、静かな炎が揺らめいているような、見たことのない色をしていた。
「柚子さんの話が、まだ終わっていません。貴女は、何かあるとすぐにそうやって、自分の心に鍵をかけて逃げようとする」
「……逃げてないですよ」
「さっき、俺を置いて車から降りましたね。雨の中を、一人で」
「それは、一人になって考えたくて」
「あの店に逃げましたよね」
「逃げたんじゃなくて、帰りたかっただけで……雨降って来たし……終電も行っちゃってたし」
言い訳を重ねる柚子の声を封じるように、九条が立ち上がった。
逃げ場を失った柚子は、半歩後ろに下がる。
けれど九条はその距離を許さず、掴んだ手首をぐいと自分の方へ引き寄せた。
「いい加減、逃がしません。何度言えばわかるんですか」
「っ……」