深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
引き寄せられた先には、九条の広い胸板があった。
完璧なアーティストとしての仮面はどこかに捨ててきたのだろう。
目の前にいるのは、泥臭いほど一人の女性を欲し、余裕を失くした一人の男だった。
九条の腕の中に閉じ込められ、柚子は彼の規則正しい、けれど少しだけ早い鼓動を肌で感じた。
「柚子さん、ここにいてください。俺の目の届く場所に」
「いますよ、もう。こうして捕まっているんですから」
「この先も、ずっとです。どこへ行くにしても、俺の隣に」
柚子は観念したように、彼の胸に額を預けた。
カモミールの香りと、彼自身の清潔な香りが混じり合う。
窓の外で降り続く雨が、世界を二人きりにしているような錯覚に陥る。
「奏翔さん。もし、私が本当にいなくなったら、追いかけてきますか」
「必ず。地獄の果てまででも探し出します」
「絶対に?」
「絶対に」
あまりに重く、けれど救いのような断言に、柚子の唇から微かな笑みがこぼれた。
「……じゃあ、もう逃げても無駄ですね。世界中のどこにいても」
「無駄です。最初から、選択肢なんてないと思ってください」
九条の腕に力がこもる。
夜が更けていく中、二人の影はリビングの床に長く、深く重なっていた。