深夜2時。君のとなりで ――世界中が知っている彼を、私だけが知らなかった
打ち合わせが始まると、柚子と真下の見事な連携が会議室の空気を動かしていく。
「野口さん、三ページ目の想定スケジュール、制作サイドとの認識を擦り合わせましょう」
「確認します。……すみません、この期間の納品は二週間いただけますか? 少しデザイナーさんとも調整したいです」
「うん、了解です! 野口さんの判断で進めてくれて大丈夫。信頼してますよ!」
「ありがとうございます。真下さん」
二人の会話は、迷いが無い。
お互いの呼吸を読み合うような、テンポ。
仕事モードの野口柚子は、九条がこれまでに見たことのない顔をしていた。
スケジュール折衝などは、多少揉める場面が多いのにもかかわらず、彼女は的確に、嫌味なく捌いていく。
広報や営業の仕事もA&Rの担う側面だ。
他者と協力して、そして調整していく仕事。
柚子が好きだと言っていた、仕事。
楽しそうに、会議の場を動かしているのが、伝わってくる。
九条は柚子の言葉を聞きながら、資料に目を落としたまま、奥歯を噛み締める。
LAMPのカウンターで見せる顔でも、成城の家で自分に向ける顔でもない。
そして何より九条の胸をざわつかせたのは、仕事の合間に柚子が真下に向かって見せる、屈託のない笑みだ。
自分以外の理解者と共に積み上げてきた、プロフェッショナルな時間の重みがそこにはあった。
同期入社の彼らは、この戦場における同志なのだ。
だからこそ、真下はさほど躊躇することなく、柚子のパーソナルスペースに踏み込み、彼女もまたそれを自然に受け入れている。
あの夜、見送った光景と、目の前に並んでいる二人の姿が、九条の内に、熱い独占欲を呼び起こしていた。
休憩を挟んで、後半の打ち合わせに入ると、音楽の方向性についての具体的な話が続く。
九条が口を開く機会が、増えてきた。
ドラマの世界観を音にする際の、本質的なこだわり。
静かだが重みのある、一流アーティストの言葉に、制作サイドは一言も聞き漏らすまいと、真剣に耳を傾けていた。
柚子は、彼が音楽の話をする時の声が、やはり自分の知っている「九条奏翔」そのものであることに安堵しつつも、先ほど知らされたばかりの、大事件。
『蒼』本人が、ヴォーカルも担当するという事実が、頭から離れなかった。